第62話 最後の手段
独立戦争後、新大陸に一定の自治権を認めた帝国だったが、幾らなんでも巨大な新大陸を丸ごと一つの自治政府に任せるなんて愚行は侵さなかった。新大陸で開拓済みの土地を十二分割し、州ごとに州首相を置いたのだ。万が一、再び独立戦争が起きたとしても州ごとがバラバラなら各個撃破できるという帝国の算段である。
そして州はまた幾つかの市に分かれていて、アダムズ市の市長をフィリップスといった。
「サー・クベーラだって!? あの七雄でゴドリックと並ぶ怪物が蘇った!? 冗談でしょう? 名をかたる偽物かなにかですよね?」
礼儀正しいのかそれとも腰が低いだけなのか、フィリップス市長は報告を持ってきた冒険者ギルドのジョンソンにも畏まった口調で聞いた。
「市長閣下。クベーラが本物であれ偽物であれ、率いている手勢は本物で、それがこのアダムズ市に向かってきているのは動かしようもない現実です」
ジョンソンは冒険者ギルド内に噂が流れた段階で、冒険者ギルドから直接冒険者に依頼を出すことである程度正確な情報を得ていた。そのため市長の楽観的願望をばっさりと切って捨てた。
「ま、不味いぞ……僕はどちらかというと帝国への恭順派だ。もしここが陥落すれば、僕は奴らに殺される……かもしれない! そして逃亡すれば、命は助かるが職を失う! ゼウス州の州都にいるゴドリック保安長官に連絡をとってください! 相手がクベーラなら勝てるのは彼だけです!」
「お言葉ですが今から連絡しても、到着まではとても間に合わないでしょう」
「な、ならノーマン! どうにかゴドリック氏が到着するまで時間を稼いでください!」
フィリップス市長は自警団団長のノーマンに言った。
自警団は市長がその権限において許される数少ない武力だった。
「無理です。我々自警団は私も含めてドロップアウトした冒険者を中心に構成された『治安維持』をメインに活動する組織。相手になりません。やはりここは緊急依頼で街の冒険者を動員するしかないかと」
「……冒険者はクベーラについたりしませんか?」
「まだ大丈夫です。都市の一つでも落とされた後ならともかく、現状のクベーラは、クベーラの名を騙る者に過ぎません。独立派の冒険者も、真偽不明で実績もない存在に与しようとは思わないでしょう」
「分かりました。それじゃ冒険者に依頼を出して動員をかけましょう。独立戦争から十人以上のパーティーを組むことは禁止ですが、複数パーティーの共同クエストという形なら大丈夫でしょう。問題は誰を冒険者たちの纏め役にするかですが……」
「それなら彼女しかいないでしょう」
ジョンソンがきっぱりと言う彼女が誰なのか、フィリップス市長にも心当たりがあった。
「この市唯一の一級冒険者のラティーファ、ですか?」
「はい。他の冒険者も一級冒険者の彼女がリーダーならば従うでしょう!」
「よし、直ぐに彼女に依頼を出してください!」
「はい」
そうしてジョンソンはただちにアダムズ市からの街の防衛クエストの依頼書を仕上げた。時間がないので急ぎの作業となったが、そこは仕事のできる男ジョンソン。一切の不備のない完璧な依頼書だった。
そしてジョンソンは数人の自警団を念のための護衛につけて自らラティーファの家へ赴いて、事情を説明してリーダーへの就任を依頼した。
だがここで予想外の事が起きる。
「嫌です」
なんとラティーファがにべもなく依頼を拒否したのだ。
「な、何故ですかラティーファさん!?」
「私は冒険するために冒険者になったんであって、戦争するために冒険者になったんじゃありませんから」
不利なソロ冒険者でありながら一級にまで上り詰めたラティーファはどこまでもマイペースだった。しかし今回は状況が状況である。嫌ですと言われても、はいそうですかと帰る訳にはいかない。
「で、ですが普段は冒険とは関わりの薄い魔物退治や盗賊討伐の依頼も受けてくださるではありませんか!」
「冒険をするにはお金や信用も必要ですからね。でも戦争となると話は別です。とはいえ私だって罪のない人々が一方的に殺戮されるような事態に憤りを覚えない非人間でもありません。サー・クベーラの目的がアダムズ市の人間を皆殺しにするとかいうものならば、私も戦うしかありませんけど、そうなんですか?」
「……いいえ。サー・クベーラの目的はこの街の解放です。また鉄の規律で知られる彼が、虐殺や略奪を許すとは思えません」
もし敵がサー・クベーラだけならばジョンソンは偽物である可能性に言及することで、市民が虐殺されるリスクを提示できた。しかし軍勢を率いるのは真贋不明のサー・クベーラだけではなく、その腹心だったロス中尉がいる。
ロス中尉は元帝国軍中尉でありながらサー・クベーラに感銘を受け、子飼いの部下と共に軍を抜けてその配下になった人物。独立戦争中のサー・クベーラの軍規作りにも協力したという。
例えサー・クベーラが偽物でも、本物のロス中尉がいる以上は同じことだった。
「ならやっぱりこの依頼は受けません。だいたい私はソロですよ? ヴァルゴさんみたいな書類上はソロじゃなくて完全なソロ。戦争の指揮なんて専門外ですよ」
「……分かりました」
こうも断固として拒絶されてしまうと、これ以上ジョンソンにはどうしようもなかった。ジョンソンは渋々と市長室へと戻って、ありのままに報告する。当然フィリップス市長は憤慨した。
「どうして強引にでも引き受けさせないんですか!」
「冒険者ギルドは依頼人と冒険者の仲介組織です。彼らの上司ではありませんし、命令権もありませんよ」
「ど、どうするんです!? 冒険者を纏め上げられそうな一級冒険者にそっぽを向かれて、誰がこの街と私を守ってくれるんだ!? うわあああああああ!」
もはや取り繕う余裕もないのか机につっぷして、頭を滅茶苦茶にぐしゃぐしゃとする市長を見て、ジョンソンは仕方なくこれだけは言いたくなかったことを伝えることを決めた。
「一人だけ、心当たりがあります。等級こそ三級ですが実力は一級相当、いざという時にしか役に立たないが、いざという時は滅法頼もしいと評判の人物が」
「いざって時は今ですよッ! 誰ですそれは!?」
「――――ヘイザ・アッシュブレードです」
歴史の手が、ヘイザの足を絡めとった。
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