第6話 賭博
その日、ヘイザは娼館に次いでホームグラウンドというべき場所にいた。
カジノである。
酒・女・賭博の三大娯楽は一つまでは嗜み、二つ嗜むのは浪費家、全てに溺れる奴は駄目人間とは冒険者の格言であるが、当然のようにヘイザは三つ全てを嗜んでいた。とはいえ三つを平等に溺れている訳ではなく優先度は女、酒、賭博の順番だ。酒と女を買う金銭的余裕がなくなってきたら、軍資金を増やすために賭場へ行くというのがヘイザの駄目な日常である。
当然ギャンブルというのは胴元が儲かるように出来ているため、軍資金を首尾よく増やせた回数より、逆に軍資金を全て擦ってしまう事の方が多いのだが、ヘイザは勝ち負けの回数をちゃんと計算して自制できるような真人間ではなく、駄目人間なので勝った記憶以外は頭に残しておらず成功体験しかなかった。
そしてヘイザが賭場で真っ直ぐ向かったのは、闘鶏場である。
闘鶏、読んで字の如く鶏同士を戦わせ、その勝敗を競うギャンブルだ。ヘイザはこれが一番のお気に入りだった。
「おやヘイさん、暫く見なかったがどうしたのだね?」
するとヘイザの姿を見た賭場のオーナーが声をかけてきた。
常連で上客のヘイザはオーナーとも顔馴染みで親しい仲だった。
「ちょいとばかり節約を覚えてな。なので今日は金を増やしにきたでござる。で、本日の鶏は?」
「見たまえ、あれだ」
ヘイザが確認したところ赤コーナー側の鶏の方がサイズで勝っている。明らかに赤側の方が強そうだ。
「おい、俺は赤だ!」
「俺も! 赤に銀貨十五枚!」
他の客も鶏の見た目で判断し、赤に賭けていっている。
安定をとるならヘイザも赤に賭けるべきなのだろう。だがヘイザはなんとなく青の側の方が強そうに感じた。
「ここは青でござる! 青に0.5緋桜を賭けた!」
「グッド、オッズは三倍だ!」
そうして赤と青、二羽の鶏が戦いを始める。
体格で勝る赤の鶏が当初は優勢だったが、追い詰められた青の鶏が土壇場でとんでもない獰猛さを発揮し、赤の鶏は怯えて逃げてしまった。青の勝利である。
「相変わらずちゃらんぽらんに見えて、強さを測る目は一流だな。ほら、金貨二十七枚だ!」
「おお! これで緋桜のところへ一回通ってもお釣りがくるでござるよ! あまった金で酒をたらふく飲むでござる!」
これである。たまに勝利しても直ぐに浪費して溶かしてしまうため、ヘイザは金が貯まるという事がなかった。
ヘイザがあぶく銭の皮算用をしていると、なにやら焦げ臭くなってくる。何事かと思って臭いの発生源を辿ると、
「火事だ!?」
オーナーが叫び声をあげるのと、ヘイザがそれを目にしたのは殆ど同時だった。
「む、炎? 火事……にしては火の回りが早いな、放火か。誰か火属性の魔法でもぶっ放したでござるかなぁ」
「言ってる場合か! 言ってる場合か! ああ、どうすれば……」
「なに、簡単なことでござる」
ヘイザは侍だ。生憎と火を消す魔法なんてものは使えないし、炎を斬ったところで、炎が消える訳ではない。しかし自分に出来ないなら、人を使えばいいのだ。
ヘイザはすうっと息を吸い込んで、大音量で叫ぶ。
「お客様の中に水属性魔法が使える者はおりませんでござるか!? 見事に消してくれたらオーナーが銀貨五枚払うそうでござる!!」
「お、おい何を勝手な……いや命に比べれば安すぎるな。ヘイさんの言うことは本当だ! 銀貨五枚払うから助けてくれ!」
「銀貨五枚!? 今日の負けを取り消せるじゃない!」
すると直ぐに声を挙げる者がいた。ヘイザと同じ三級冒険者のゲルダである。
ゲルダは水の魔法を使うと、たちまちのうちに炎を鎮火させてしまった。なお余りの水の威力に鎮火するのみならず、建物の一角を粉砕してしまい、オーナーが絶望顔をしていたがコラテラルダメージと思って諦めてもらう他ない。
「おお、流石でござるなゲルダ」
「ああ、ヘイザ。あの程度の炎も鎮火できないなんて、不甲斐ないわね。炎を消したいなら斬るんじゃなくて、剣を風車みたいに回して吹き飛ばすとかやり方があるじゃない」
「――――その手があったか。そなたは天才か」
流石は三級冒険者。素晴らしい発想力だ、とヘイザが感心する。
「いやその方法だと炎が他所に飛んで行って火事が拡大するだけだろう。テンサイではなくジンサイだな」
だが直ぐにオーナーがツッコミを入れた。ゲルダが不貞腐れたように口を開く。
「なによー。天才と天災かけて上手いこと言ったつもり? 言っとくけど銀貨五枚はピタ一文まけないんだからね」
「ふむ、オーナーにゃ駄目だしされたが風車のアイディアは悪くない。相手が炎の魔法を使ってきた時にカウンターに使えるでござるし、練習してみるでござるか」
のんびりとそんなことを言いながら、ヘイザの視線は客の中の一人の男を捕えて離さなかった。そして男がひっそりと店から立ち去ると、ヘイザはその後を追いかけた。
店を出て人気のない路地裏にきた男は、下卑た笑みを浮かべる。
「へ、へへ……ざまぁみやがれ……」
「なにがざまぁみやがれなんでござるか?」
「ひ、アッシュブレード!? なんでここに!」
気配もなくいつの間にか背後に立っていたヘイザに、男は顔を蒼褪めて後退る。普段の素行による悪名でヘイザが街でもトップクラスの実力というのは誰もが知っているし、素行が悪いという事はつまり何をやらかしても不思議ではないからだ。
「店内でオーナー含め全員が慌てふためく中、お主一人だけ炎を見て薄ら笑いを浮かべていたであろう? だから気になって後をつけたのだ。ギャンブルに負けた腹いせに小火騒ぎを起こしてやろうとでも思ったでござるか? そしたら調整をミスって小火が火事になったと」
「うっ……」
図星だった。男は七級冒険者だが依頼に失敗し八級への降格が決まったばかりだった。そこでなけなしの金を、闘鶏で赤に全賭けして見事に擦ったのだ。
「だが思考の死角でござるなぁ。普通、放火犯が内部にいるとは思わん。死人も出ておらぬし、この騒ぎはきっと迷宮入りしていたであろう。拙者に見られていて、運が悪かったな」
「こ、この野郎!」
追い詰められた男はありったけの魔法を込めて、炎の魔法を放つ。対するヘイザは素早く刀を抜くと、
「今命名、我流風車返し!」
刀を風車のように高速回転させ、炎を吹き飛ばした。
ゲルダから得た着想を早速実践してみた形である。
「火、火が逆流して、あああ、熱い熱いたすけ、ああああああああああ!」
自分で放った炎に焼かれながら、男が悲鳴をあげる。炎を消そうとその場でじたばたもがく男に近づくと、ヘイザは鞘で思いっきり頭部を殴りつけ気絶させた。
そして気絶した男の財布を物色したヘイザは、悲痛な叫びをあげる。
「なんてこった! こいつ一文無しか!?」
だから焼いたんだよ、そんなツッコミが天から聞こえてきたような気がした。
翌日。ヘイザは酒場で賭場のオーナーや道具屋店主のバルガスと飲んだくれていた。
「しくじったでござる。どうせなら泳がせておいて、懸賞金がかかってから捕まえて殺すべきでござった」
「まあまあ、礼に銀貨三枚分までなら奢るから元気を出せ」
「おお、流石はオーナー! では奢りというのだから高い酒持ってこーいでござる!」
「いや、だから銀貨三枚分までだからな?」
気にせずヘイザはひたすら飲みまくる。
結局あの小火騒動でヘイザが得たのは銀貨三枚と新必殺技くらいであった。
「しかしあの後、自警団の調査だのに付き合わされて、貴重な一日を無駄にしてしまった。本当なら勝った金でそのまま緋桜のところへ行くつもりだったんでござるのに」
「自警団相手にただ飯をたかっておいてよく言うざんす。ヘイさんから話を聞いた担当には同情するざんすよ」
冒険者ギルドで依頼を受けて働くのが冒険者なら、自警団というのは主に、冒険者がやらないような市内の揉め事や治安維持を行う組織である。冒険者ほど稼げないので人気はないが、以前のように戦えなくなった冒険者の再就職先としてはそれなりに需要があった。
結局それからヘイザが飲んだ酒代は合計金貨二枚分だった。




