第5話 忠告
なんだかんだでソロでの初依頼を完璧に終えたヘイザは、アダムズ市の冒険者ギルドに戻ってきていた。ジョンソンは依頼人のレゴラスのサインが書かれた完了書を読み終えると口を開く。
「依頼完了を確認しました。どうぞ、成功報酬の金貨九枚です」
「0.5緋桜でござるな」
相変わらず緋桜の指名料で換算するヘイザ。
ちなみに帝国本土とこのアメーリア大陸に流通している銅貨一枚がだいたいパン一つ分、銀貨一枚が銅貨十枚分、金貨一枚が銀貨十枚分、大金貨一枚が金貨十枚分だ。
敢えて雰囲気ぶち壊して現実の通貨に換算すると、
銅貨一枚:百円
銀貨一枚:千円
金貨一枚:一万円
大金貨一枚:十万円
というようになる。つまり緋桜は現代換算で一回指名するのに十八万円かかるという計算だ。
「緋桜のところへ行くのに金貨18枚必要だから、一か月通うのに金貨540枚、大金貨54枚必要でござるな。一年で648枚。十年で6480枚……むむむっ」
「……そんな額、一級冒険者でも稼げませんよ。身請けした方がまだ安上がりでは?」
「まあ毎日は冗談でござるよ。緋桜は一週間に一回で、後はナンパでしのぐでござる! 自慢じゃないでござるが、拙者は彼氏としても結婚相手として落第でも、一夜の相手としては百点満点と評判なんでござるよ!」
ヘイザは自信満々に本当に自慢にならないことを言った。ジョンソンは呆れたように溜息をつくと、
「では次の方がつかえているので、このへんで」
「うむ。いい仕事があったら拙者に優先して紹介してくれでござる」
「駄目です。特定の冒険者を贔屓することはできませんから」
「可愛い子、紹介するでござるから、な?」
「………………駄目です」
「巨乳と貧乳、背は高めか低めか、好みを言っていいんでござるよ?」
「……………………駄目!!」
ジョンソンは理性を総動員して、悪魔の誘惑を断ち切った。
お堅い家庭に生まれ、堅実に生きてきて、安定した公務員として就職したジョンソン。勇気がなくそういう店に行ったことはないが、興味は深々であったのだった。
あれから手を変え品を変え、ジョンソンを落とそうとしたがヘイザだったが、その悉くが彼の良心と理性に阻まれ失敗した。ヘイザはぽりぽりと頭を掻きながら毒づく。
「おのれ賄賂が通じぬとは、真面目な公務員め。冒険者ギルドの未来は明るいでござるなチクショーめ!」
貶しているんだか褒めているんだか分からない愚痴を吐きつつ、ヘイザは転がり込んでいる物置のある宿屋に帰って来た。
「ただいまでござるよ~」
「ヘイザ、今日は帰ってきたのか」
宿屋の主人のロレンツォ・ペスカトーレが珍しい者を見るような顔をした。決闘のため遠出をしてきたからというのもあるが、ヘイザは緋桜のところに泊まり込んだり、ナンパした女の家に泊まったり、酔っぱらってゴミ捨て場に放り捨てられたりと、ちゃんと帰ってくる事のほうが少ないからである。
「じゃ、いつも通り物置で寝るでござるから、残飯あったら持ってきてでござる! 覗いちゃ駄目でござるよ~」
「まあ待てヘイザ。どうせ不健康な食生活を送ってるんだろう。今日はうちに来い。晩飯を食わせてやる」
「マジでござるか!? 酒は!」
「常識的な分は出してやる。来るか?」
「当然! タダ酒に釣られずしてなにが冒険者か!」
ヘイザはタダ飯とタダ酒がなによりも好きだった。
なによりこの宿屋の主人であるペスカトーレは料理上手で評判である。久しぶりに美味い家庭料理を食べれるということで、ヘイザの胃がぐーと鳴り自己主張を始めた。
「ふひ~~。食った食ったぁ~~」
残さず綺麗に完食された皿を前に、膨れたお腹をパンパンと叩きながらヘイザが言う。
てっきり冒険者らしくガツガツと礼儀もなにもなく貪り喰らうかと思ったら、意外にも無作法にならない程度にマナーを守っていたので、ペスカトーレは少し目を丸くした。
食後のコーヒーで一息つきながら、ペスカトーレは話し始める。
「お前が家賃百分の一で、うちの使ってない物置を使わせてくれって言ってからもう数年たったか」
「そうでござるなぁ。一か月金貨一枚の百分の一で、一か月銅貨一枚。お買い得でござった」
「俺は駆け出し冒険者が一時の雨風を凌ぐ場所が欲しいんだと思って、了承したんだ。なのにお前ときたら大金貨一枚出して『これで一生分の前払いでござる!』とか言いやがって」
「ま…まさか物置小屋を潰すから出ていけとかいうあれでござるか! 拙者そういう横暴には断固抗うでござるよ! 住んでいる以上、居住権というやつがあるんでござるからな!」
「別にそういうことをするつもりはないさ。使ってない物置で、三級冒険者を番犬がわりにしてると思えば安いものだ。不在の時が多いのはネックだがな。俺が言いたいのは、もうちょっと真面目に生きるつもりはないかってことだよ」
そうしてペスカトーレは本題を切り出した。
「え? 拙者は真面目に人生エンジョイしてるでござるよ?」
「そうじゃなくて、もっと浪費を抑えて貯金や貯蓄に回したらどうかって話だ! お前は能力はあるんだから、ちょっと真面目になれば二級冒険者にだってなれるだろう! そして貯めた金で土地と家を買って、しっかり者の嫁さんを貰え!冒険者なんて何十年も続けられるような職業じゃないんだぞ。俺だって負傷して冒険者を引退することになったが、貯金があったから、こうして宿屋を開いて、その経営で生きていけるんだ」
ペスカトーレは冒険者としては五級止まりで大成はできなかった。しかし三級や二級まで昇りつめる成功を収めながら、実力が衰えたり負傷で戦えなくなったりして、落ちぶれる冒険者を何人も見てきた。その中にはペスカトーレの友人だった男もいる。宵越しの銭を持たぬとばかりに、刹那的に生きるヘイザを見ていると、落ちぶれて遂に麻薬売買に手を染め縛り首になった友人の顔が脳裏を過るのだ。
「お前だってそうだ! 例えば次の仕事で剣を振るえないような大けがを負ったらどうする? お前にやれる仕事が他にあるのか?」
「はははは。その時はきっと野垂れ死にでござろうなぁ。ま、その前に最後の一夜を緋桜と過ごす分の金くらいは、貯金しておいたほうがいいかもしれぬが」
だがヘイザはのほほんとペスカトーレの忠告を受け流す。
どうもヘイザはペスカトーレの忠告を『そんなことがあるはずがない』と高をくくっているのではなく、そういう事態になる可能性をしっかり認識した上で、敢えて不真面目な生き方を選んでいるらしい。そのことを察したペスカトーレは呆れたように言う。
「この刹那主義者め。……まあお前の人生だ、俺の口出しすることじゃないが、お願いだから物置で死後数日経過した腐乱死体で発見とかはやめてくれよ」
「そんな事は起こるまい。お主はマメな性格でござるからな」
言外に腐乱死体になる前に見つけてくれるだろ、と期待しているようだった。
そして翌日。
「秘技! 空中大根みじん切り!」
「す、凄ぇよ兄貴! 一瞬で大根が! 俺にもその技を教えてくれ!」
息子と庭で遊んでいるヘイザを見て、ペスカトーレは大きく溜息をついた。
「まったく、本当にやめてくれよな」
ペスカトーレはもしもヘイザが戦えなくなったその時は、多少強引にでも雑用にして扱き使ってやろうと心に決めた。




