第4話 侍VS女騎士
冒険者ギルドへ戻ったヘイザは、真っ直ぐ受付へ行くと直ぐに受付嬢がジョンソンへ交代する。どうやらジョンソンがヘイザ係になったらしい。
「ジョンソン、取り合えず六級の仕事を受けるでござる!」
「そうですか。では仕事の内容を説明しますね」
ジョンソンは幾つかある依頼書から、ヘイザに斡旋したものを取り出すと、眼鏡の位置を直しながら説明する。
「ヘイザさんが受けられる依頼の内容は、決闘の代理人となっております」
「決闘か」
東の海を挟んだ向こう側にある帝国が、この新大陸を発見し植民を始めてから数百年。治安や司法制度が行き届かない開拓地において、揉め事が起きたら裁判の代わりに決闘で白黒つける事は日常的に行われている。言うまでもなく当事者全員が戦闘のプロという訳ではないので、決闘となれば代理人を雇うのが常だった。以前のもっと決闘が盛んだった頃は、決闘の依頼を専門に受ける決闘者なんて者達もいたくらいだ。流石に決闘より裁判で決着をつける事が多くなり、需要が減ったため今では自然消滅してしまったが。
「ま、六級冒険者を代理人指名する程度なら、大した諍いでもないでござろう。受けるでござるよ、その決闘」
「……分かりました。では続きは依頼人と直接話してください」
そうしてヘイザがジョンソンに用意された個室で待つと、依頼人であろう中年の男が現れた。身形から察するに開拓者といったところだろう。
「どうも依頼人のレゴラスです、今回はよろしくお願いします。アッシュブレードさん」
「おう。で、経緯を聞こうか。なんで決闘なんてことになったんでござる?」
「それが私はビューレン地方で農地の開拓をしていたのですが、開拓があとちょっとで終わりそうという段階になって、突然ジュエルマインという男が現れ、自分が先にここを開拓していたと因縁をつけてきまして……」
未開拓地を開拓すれば、優先的にそこを自分の土地として主張できるのが、ここアメーリア大陸の植民法だ。
「それであれやこれやといううちに、決闘で白黒をつけることに」
「お主が開拓をしていたという証拠があるのなら、決闘なんかせず裁判に持ち込んでいたら、勝てるんじゃないでござるか?」
そう、法律でしっかり明記された事である以上、決闘裁判をするまでもなく、レゴラスの正当性は明らかである。本当に未開拓地だらけで司法が機能していなかった大昔ならいざ知れず、今なら司法に訴えれば、しっかりと仕事をしてくれるだろう。
「ええ!? で、でもジュエルマインの奴は、裁判になったら腕のいい弁護士を雇える自分は絶対勝てるって言ってましたよ!」
「ブラフでござろうな。大方お主が無学な開拓者であると思って騙したんでござろう」
「じゃ、じゃあアッシュブレードさんには申し訳ありませんが、依頼は取り下げで今から裁判します!」
「いや、既に決闘で白黒つけると双方の合意で決まってしまった以上、今からやっぱり止めたは通じんでござるよ」
「そ、そんなぁ」
これは依頼を取り下げられたくないヘイザの嘘ではない。ヘイザは最低の屑ではあるが、詐欺師ではないため、これは植民法にきっちり明文化されていることだった。
「それに見方を変えれば裁判より決闘のほうがいいかもしれんでござるよ? 裁判となれば手続きだけでも時間がかかるし、判決には更に時間がかかる。その点、決闘は直ぐに決着がつくでござる」
「で、でも勝てるんでしょうか?」
「案ずるな。任せておけ」
ヘイザはどんと胸板を叩いて、自信満々に言った。
アダムズ市において最低の屑だのニート侍だのと呼ばれるヘイザだが、レゴラスにとっては物語の英雄のように頼もしかった。
そうして約束された期日に、指定された場所へ行くと、そこには小太りの男が待っていた。無一文から開拓と商売で成り上がった成金のジュエルマインである。
「ふふん、きたか。で、そっちがお前の連れてきた代理人か?」
「ああ、昨日は酒を三杯しか飲んでない。お酒欠乏症でござるよ」
決闘を前にしても、まったく緊張感のないヘイザを見て、ジュエルマインは鼻で笑う。
「随分とひょろい男だな。まあ無理もないか。お前が六級冒険者程度しか雇う金がないのは知っている。素直にわしに土地を明け渡しておれば、お前にもそこそこの分け前をくれてやったというのに馬鹿なものよ」
「あそこは、私が開拓した土地だ……っ!」
レゴラスが睨みつけるが、ジュエルマインはどこ吹く風だ。嘲るように、にんまりと笑うと、
「かもしれんな。だがこれから名実ともにわしの土地となるのだ。なにせわしが雇ったのは”彼女”だからな」
そうしてジュエルマインは自信満々に自身の雇った冒険者を見る。
「…………」
ジュエルマインの横に佇むのは、西洋甲冑に身を包んだ女騎士であった。静かに佇んでいるようでいて、瞳にはジュエルマインに対する不快感がある。太っ腹な依頼人が、必ずしもやりがいのある仕事をくれるという訳ではないという見本であった。
「クククククッ。お前たちも名前くらいなら聞いたことがあるだろう。彼女は最近名前の売れてきた二級冒険者のイングリッドだ。さあイングリッド先生。相手は六級冒険者、軽く捻ってあげてください!」
自信満々に言うジュエルマインだったが、イングリッドは刀の束に手を置いたままぼんやりと立つヘイザを見た瞬間に、警戒心を露わにする。
(六級? あれが六級だと?)
「…………」
(惚けた態度だが、気配だけで隠しきれぬ強者の圧を感じる。最低で三級以上、最悪……)
イングリッドは成りたてほやほやとはいえ二級冒険者。新大陸を代表する一級冒険者には劣るが、それでも州を代表する実力者である。だからこそ一見すると隙だらけにぼけっと立っているようでいて、常にイングリッドの一挙手一投足に注意を払っていて針の穴ほどの隙もないことを見抜けてしまった。
「ルールはどうするでござる? どっちかが死ぬまでやるでござるか?」
「もちろ――――」
「命を懸けるほど誉ある決闘でもないでしょう。互いに木剣を使った模擬試合で十分だ」
ジュエルマインを制して、イングリッドが言う。
冒険者であるが騎士道を奉じるイングリッドにしてみれば、こんな誉れのない戦いで命を賭した決闘をするのは御免だった。相手が得体のしれない猛者であれば猶更である。
「ふむ、だが拙者は生憎と木剣など持ち合わせておらぬ」
「問題ありません、私が二人分用意してあります」
イングリッドが投げ渡した木剣を受け取ると、ヘイザは念のため細工がされていないか調べる。
種も仕掛けもない、ただの木剣だった。
ヘイザは木剣を構えると、同じく木剣を構えるイングリッドと向かい合う。
沈黙。
ヘイザとイングリッドは声もなく、静かに睨み合った。二人の発するプレッシャーに依頼者であるジュエルマインもレゴラスも、気が呑まれてしまい一言も発することができないでいた。
だが沈黙が一分、二分、三分と続き遂にジュエルマインが声を上げる。
「いい加減にしろ! 早く戦わんか!」
それを合図に二人が同時に動いた。
「――――っ!」
「疾っ!」
勝負は一瞬。イングリッドの木剣は空を切り、ヘイザの木剣は正確にイングリッドの手の甲を叩いていた。
「……見事。貴方の勝ちです」
「は? ま、待て待て待て待て! まだ勝負は終わってないだろう!?」
「貴方こそ何を言っているのです? 木剣による模擬試合なのですよ。一本とられたら負けに決まっているでしょう」
呆れた様なイングリッドに、ジュエルマインは激高した。
「こ、この役立たずが! 失敗したなら金は払わんぞ!」
「どうぞ。そういう契約でしたので」
特に気にした風もなくイングリッドが答えると、ジュエルマインは口汚くイングリッドを罵りながら去っていった。
ところで、とイングリッドがヘイザへ向き直る。
「極東大和の剣術を修めた侍とお見受けしましたが、名前を聞いていませんでしたね?」
いくらヘイザが悪名高いといっても、それはアダムズ市でのこと。他の市でまでヘイザの悪名は轟いてはいなかった。
「ヘイザ・アッシュブレードでござる!」
「ではヘイザ。もし機会があれば今度は真剣でやりましょう」
「あ、それなら拙者も、今回お主に勝ったこと言いふらしていいでござるか? 緋桜のところへ通うため、仕方なく仕事をしなけりゃいけないんでござる。二級冒険者と決闘して勝ったというのは、宣伝になるでござろう」
「……まぁ余計な脚色をしないのであればいいでしょう」
そう言ってイングリッドの方も去っていった。
後にはヘイザと、その依頼人であるレゴラスが残される。レゴラスは大喜びでヘイザの手をとって言う。
「いやー! ありがとうございます、アッシュブレードさん! まさか二級冒険者に勝っちゃうなんて、御見それいたしましたよ! 本当に六級冒険者の方なんですか?」
「いや拙者は三級でござるよ」
「さ、三級!? なんでそんな方が俺の依頼を?」
「大した理由はない。拙者にとっては、お主の依頼こそが最も受けるに値するものだっただけのこと」
まるでハードボイルド物の主人公みたいな台詞を吐くヘイザ。これは言葉通り受けられる依頼の中で、一番報酬が高いのがレゴラスのものだったというだけの浅い話なのだが、ヘイザの事情を知らないレゴラスには意味深に聞こえてしまった。
「……~~~~~! あ、ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」
」
「オーバーでござるなぁ」
呆れたようにヘイザが言った。




