第3話 冒険者ギルド
アダムズ市の中でも冒険者が多い商業地区のど真ん中に、冒険者ギルドはあった。一級冒険者も所属しているギルドだけあって、それなりに立派な構えをしている。そんなアダムズ市の冒険者ギルドに、ヘイザは初めて足を踏み入れた。
冒険者ギルドの中は掲示板に張られてある依頼書を確認する者や、受付嬢をナンパする者、バーで飲み食いする者、情報交換に励む者など冒険者たちでごった返しになっていた。だが白髪に刀を腰に提げた侍――――ヘイザを見た瞬間、驚きでどよめいた。
「おいおい、あのヘイさんが冒険者ギルドにきてるぜ。ギルドのこととか全部他の仲間にやらせてたのに、どういう風の吹き回しだ?」
「知らないのか? ヘイさんデイリー・ペースをクビになって追い出されたんだよ」
「ああ、納得」
良くも悪くも、というより悪くも悪くもヘイザはアダムズ市で一番有名な冒険者だった。注目度は高く、殆どの冒険者がヘイザの様子を伺っていた。まだ冒険者になり立てで事情もなにも知らないルーキー達が、他のベテラン達の様子を怪訝な目で見ていた。
「ここが冒険者ギルドでござるかぁ。意外に小奇麗なとこでござるなぁ」
一方でヘイザは自分が注目を集めていることなどまったく気にしていなかった、そして初めて来たギルドの中を見渡すと、
「では早速――――酒を飲むか!」
様子を伺っていた冒険者達がずっこけた。
ヘイザはマイペースに酒場のカウンター席に腰を下ろす。
「マスター! 酒をくれでござるよ!」
「えーと、アッシュブレードさん? 今日はここに仕事を探しに来たんじゃないの?」
「そうでござるよ。それがどうしたでござる?」
「ならお酒は、また今度にしたら?」
「むむむ。確かにここで浪費して緋桜のところへ通う金がなくなっては本末転倒というもの。やむを得ぬ。仕方ない、ミルクで我慢するでござる」
「はいミルクね」
流石に冒険者ギルド内のバーで営業しているだけあって、マスターは問題児慣れしていた。ヘイザは珍しくマスターの忠告に従いミルクで喉を潤すと、気を改めて受付へ向かう。
「受付! なにか手っ取り早く儲かる仕事をくれでござる!」
ヘイザが開口一番に受付嬢に言うと、受付嬢は困った顔をした。
「えっと、儲かる仕事と言われましても、その……」
「とにかく難度はどれくらい高くても構わんから、儲かる仕事くれ! 早く終わる奴がいい! あ、でも都心への遠出なら長期でも構わん! 遊ぶところが多いでござるからな!」
アダムズ市で戦闘力に限ってはトップクラスの冒険者に、まるで愚かなルーキーのような要求をされ、新米受付嬢はしどろもどろになる。他の受付嬢もヘイザの悪評を知っているので足が竦んでしまい助け舟を出せずにいると、救世主が現れた。
「マリアさん、そろそろ休憩時間ではないですか? 代わりましょう」
そうして現れたのは三十過ぎの男性職員だった。
「は、はい! ありがとうございます!」
マリアという受付嬢は彼の意図を察して、休憩室に逃げ去っていく。そうして男性職員が淡々とヘイザへ応対した。
「サデウス・ジョンソンと申します。お話は私が聞きましょう、アッシュブレードさん」
「おお、頼むでござる。ってわけで早くて儲かる仕事くれ!」
「確認しますがアッシュブレードさんは、デイリー・ペースをクビになったという話ですので、現在はソロですよね?」
「違う」
「え?」
まさかもう別の冒険者パーティーに加わったのか、それとも新しくパーティーを結成でもしたのかとジョンソンが疑問に思うと、
「拙者という補助輪に頼り切りでは、マイケルたちはいつまでたっても独り立ちできぬ。故、拙者は断腸の思いでパーティーを離れたのだ」
「そ、そうなんですか?」
「うむ! そうなんでござる!」
真っ赤な嘘である。
腸が断ち切るような思いをしてきたのは、散々ヘイザによって風評被害を被って来たマイケル達の方だ。
「話は分かりました。でも理由はなんであれ、ともかく今はソロなんですよね?」
「そうでござるが、腕っぷしならマイケルたち全員相手にしても勝てるくらい強いでござるよ? だからいつもマイケルたちがとってきたような仕事くれでござる!」
「申し訳ありませんがデイリー・ペースという『パーティー』に回していた仕事を、ソロになったアッシュブレードさんに回すことはできません」
「なにゆえ!?」
「……確認しますがアッシュブレードさん。当ギルドの貴方の資料に、特技:剣術とありますが、他にできることはありますか?」
「酒を飲んでは蟒蛇、ベッドの上では絶倫、賭け事で負けても諦めないガッツ! ルックスもイケメンでござる!」
「そういうことではなくて、剣術以外に冒険者として売りに出せる技能はありますか? 魔法がどれくらい使えるだとか。弓も扱えるとか、タンクもこなせるとか」
「体格的にタンクは無理でござるし、弓は触れたこともない。魔法は使えんが、錬成魔法が束に込められた刀は持ってるでござるよ! 刀が折れても、その場で錬成すりゃノープロブレムなアッシュブレード最強無限刀流でござる!」
そう言って納刀された刀を腰から抜くと、見せびらかすように振る。ジョンソンはヘイザの冒険者としての資料にメモを入れながら、
「要するに貴方一人では、索敵・回復・バフ・デバフ・援護射撃もなにもできないと」
「一つの分野を極める男って、素敵ではござらんか?」
「そういうスタイルは否定しません。あれこれなんでも手を出して器用貧乏になるより、一芸をもっていたほうが冒険者としては大成できますからね。ですがそれは欠点を補うパーティーがいてこそです」
魔法しか使えないが高火力な魔法を使える魔法使い、同じく魔法しか使えないが優れた回復魔法や支援魔法が使える魔法使い、魔法は一切使えないが重武装で敵の攻撃を真正面から受け止められる重戦士。パーティーとして連携すれば、これほど強い面子はいないだろう。しかしソロで戦えば魔法使いは接近されれば弱いという弱点を、重騎士であれば遠距離からの高火力に弱いという弱点を其々露呈させてしまう。
「ソロで冒険者として大成できるのは、白兵も魔法も高水準の極まった器用万能タイプだけです。言うまでもなく貴方は含まれません」
「じゃあ三級よりちょっとグレードは落ちていいから、腕っぷしだけでなんとかなる仕事をくれでござる!」
「……四級、五級の仕事はどれも依頼者側がパーティーを希望しているものばっかです。ソロで必要技能が強さだけとなりますと……今は六級クラスの仕事しかありませんね」
「報酬は……緋桜二分の一回分でござるか……」
(報酬を娼婦のところに通う数で計算するな)
ジョンソンは心の中で毒づいた。
「これっぽっちの報酬じゃ緋桜のところへ行ったら、プラマイゼロどころか赤字ではござらんか! もっと儲かる仕事がしたいでござるよ~!」
「じゃあ通う娼館のグレードを落としては?」
「でも緋桜がいいでござるし。あ、そうだ! ここは他の三級以上の冒険者パーティーに入れて貰えばいいんでござる! そうすれば三級以上の仕事もとれてほくほくでござるな!」
「……それは無理でしょう。三級以上のパーティーは既にパーティー内での連携も固まってますし、直ぐに加入なんていうのは厳しいかと」
「まあまあ。物は試しでござるよ」
そうしてヘイザは冒険者ギルドを見渡して、バーで仲間と食事をしている顔見知りの冒険者を見つけた。三級冒険者パーティーの『エターナル・レスト』を率いるベネディクトである。ヘイザとはデイリー・ペース時代に何度か仕事を共にしたり、酒を酌み交わした間柄であった。
「やや! そこにいるのは拙者と同じ三級冒険者のベネディクトではござらんか!」
「どうしたよヘイザ。手頃な依頼は見つかったのか?」
ヘイザに話しかけられたら逃げ出す者もいる中で、一応友人と呼んでいい間柄のベネディクトは友好的に返事を返す。
「実はソロになったせいで仕事がもらえんで困ってるでござる。なので拙者を新たなパーティーメンバーに加えてはくれぬか?」
だがヘイザからそんな事を言われた瞬間、ベネディクトの表情が渋いものとなる。
「……お前の強さは知ってるし、俺たちだけじゃ厳しい依頼があれば、応援を頼みたいとは思うが、パーティーは……ちょっと無理だ」
「なにゆえ!?」
マイケルと同じ苦労を背負いたくないから、と返したくなるのを堪えつつベネディクトは別の理由を話し始めた。
「うちもパーティー固まってるし、低級冒険者をバイトで雇うくらいはよくあるけど、お前をバイトの給料で雇う訳にいかないし、そうなると三級相応の分け前を用意しなきゃいけないだろ? だから無理だ」
「むむむ……、それならば仕方ないでござるな。バイト代で働くのは御免でござるし」
メインの理由は単純にストレスを生み出す呪いの壺を仲間に加えるのが嫌だからだが、こちらの理由も嘘ではなかった。よっぽどの超優良物件でもなければ、やはりベネディクトは断っただろう。
「手頃な依頼はなく、新しいパーティーにも入れぬとなれば、アレをする他あるまいな」
「アレ? おいおい犯罪はやめてくれよ? お前の討伐依頼を受けるなんて御免だぞ、色んな意味で」
「ふっ、拙者がアレといったらアレに決まっているでござろう? それは――――」
にやりと笑いながらヘイザは冒険者ギルドを出ていった。
「緋桜のもとで現実逃避でござるよ!」
そうしてヘイザはブーメランのように『藤乃屋』にカムバックしていた。これには藤乃屋の遣手婆も呆れ顔である。
「というわけで緋桜! 今まで受けられていた仕事が受けられなくなっちまったんでござるよぉ! 慰めてくれー!」
「そんなに苦しいのに、いつものように足を運んでくれるなんて女冥利につきんす」
嬉しそうに吐息を漏らしながら言う緋桜。だが続けて不安そうに目を伏せると、
「でもヘイさんのことが心配でありんすぇ。こなたのまんまヘイさんがお金もなにもかも失って、わっちに二度と会いに来てくれなくなるかと思うと……」
一拍置いてほんのり涙で目を潤ませながら、緋桜はとどめの一言を放つ。
「わっち、寂しいでありんす……」
緋桜のいじらしい言葉を聞いた瞬間、ヘイザの脳内に落雷が落ちた。
緩み切っていた頬が引き締まり、目が刃のように鋭くなる。それはニートではなく、歴戦の猛者のそれだった。
「そうでござった……このまま仕事せずにいれば、金は尽き、ここに通えなくなってしまう……賭博も酒も好きな拙者だが、一番大事なのは女でござった! 緋桜! 約束でござる、拙者頑張って稼ぐでござるよ! お主と遊ぶために!」
「ええ、約束……したでありんすからね。破ったら駄目でありんすよ?」
「安心せよ。拙者は娼婦と交わした約束を破ったことは一度もないでござる」
クールに言い切ると、ヘイザは藤乃屋を後にして、再び冒険者ギルドへ戻った。




