第2話 浪費
パーティーの共有財産の七割を退職金に追放されたヘイザ。そんなヘイザが真っ先に向かった場所は娼館だった。真っ当な人間なら退職金の大部分は貯金しつつ、装備を一新し、また別のパーティーへ移籍するなり、新たにパーティーを結成するなりを考えるところだが、ヘイザの脳内にそんな真面目な選択肢は存在しない。
ヘイザが入った娼館は藤乃家といって、花魁という極東の大和国発祥の娼婦がいる店だった。女遊びが激しく特定の相手を持たないヘイザだが、唯一馴染みといえる女性が在籍しているのがこの店だった。
店に着いたヘイザは早速、馴染みの緋桜を指名する。店一番の花魁で、既に馴染みのヘイザ以外の客をとっていない女だった。
「どうしたんでありんすか 、ヘイさん? 懐はあったかいのに、表情がどことなく暗いなんて、珍しいことで」
「実は冒険者パーティーを追放されてしまってな。退職金はたんまり貰ったでござるが、仲間との別れは辛いものでござるよ……」
緋桜に注がれた酒をぐいと飲み干しながら、わざとらしく悲し気に目を伏せるヘイザ。
「だから今日はいっぱいサービスしてくれでござる!」
がばっと緋桜に抱き着くヘイザ。女性の甘い匂いが鼻孔をくすぐり、ヘイザはだらしなく顔を綻ばせる。そんなヘイザの頭を緋桜は幼子のように撫でながら、
「鬼のようにお強いのに、甘えんぼでありんすね 。そこが可愛いんでありんすけど。でもヘイさん。退職金なんてあぶく銭でありんすよ。これからはちゃんと一人で稼ぐか、新しいお仲間はんを見つけないといけんせんよ」
「うー、けどめんどくさいでござる……」
「ヘイさんが無一文になって、わっちのところ に通ってくれなくなりんしたら、寂しいでありんす」
「ま、金がなくなったら働くでござるよ。大丈夫、拙者は腕っぷしなら誰にも負けないでござるからな!」
そうして緋桜に溺れながら、夜は更けていった。
毎日のように娼館へ通い、ギャンブルで金を溶かし時々増やし、飲み歩いていた結果、温かかった懐はすっかり寒いものとなっていた。減った所持金を眺めてヘイザは、はぁっと嘆息する。
「まったくなんで金ってやつは使うと減るんでござるかな、理不尽でござるよ」
余人が聞けば『なに言ってんだオメー』と言うであろう妄言を、ヘイザは至極真面目そうに呟く。
「働かずに食いたい! 働かずに食いたい! 働かずに食いたい! でも働かねば食えぬこんな世界は間違ってるでござる! 世界はこんなはずじゃないことばっかりでござるよぉ!」
しかしどれだけ財布を振ろうと覗き込もうと、残金が増える事はない。ヘイザが街の往来で奇行をしていると、一人の男が話しかけてきた。
「ヘイさん、どうしたざんすか?」
「お前は道具屋店主のバルガス……」
バルガスはアダムス市でも一二を争う程の店を構える店主で、なんだかんだで道具に妥協しないヘイザとは顔馴染みだった。
「またギャンブルで大負けしたか、ナンパに失敗でもしたざんすか? もしくは金だけ持ち逃げされたとか」
「拙者が持ち逃げなど許すと思うか?」
「……まあ地の果てまで追いかけるタイプざんすね」
納得したようにパルガスが言う。事実ヘイザはパーティーの金を持ち逃げした泥棒を、地の果てまで追い詰め、金を借金返済に使ってしまったと知るや、問答無用で奴隷として売り飛ばした事があった。
「で、どうしたざんすか? 確かヘイさんはデイリー・ペースを追放されたって聞いたざんすけど?」
「それが貰った退職金の殆どを使いきっちまったから、働かざるを得ない状況に追い込まれたんでござる。なあどこかに働かず、ニートしながら酒と女にありつける職業はないでござるか?」
「そんな職業あったら他人に紹介しないで自分でやってるざんす」
バルガスの言うことは至極もっともな話だった。
美味しい儲け話が全て詐欺な理由である。美味しい儲け話というものはあるにはあるが、それを見つけた者は人には教えず自分一人で独占しようとするのが普通だ。
「大体ヘイさんはパーティーをクビになっただけで、冒険者をクビになったわけじゃないんだから、普通にギルドで依頼を受ければいいざんしょ?」
「ギルド、か」
「このアダムズ市は一人だけとはいえ、一級冒険者もいるくらい大きな街ざんすから、ギルドへ行けば仕事なんていくらでもあるざんすよ」
冒険者の等級は例外中の例外である特級を除けば、一級から十級までの十段階である。中でも一級冒険者ともなれば、実力と人格の双方を認められた、冒険者の代表ともいうべき存在だ。
「まあいるでござろうな。その街の格は、その街の娼婦を見れば分かるでござる。格の高い街には格の高い娼婦が集まる。……いや、それだと緋桜のいるこの街に特級冒険者がいないのはおかしい! なんてこった! 拙者の持論は間違ってたでござる!」
オーバーに頭を抱えて叫ぶヘイザ。対するバルガスはそろそろ道具屋に戻らないといけなかったので、いつまでも屑のニート侍に付き合ってはいられない。話を切り上げるためにわざと咳払いを入れた。
「おっほん! ともかくお金を稼ぐなら冒険者ギルドに行ってみるといいざんす。ヘイさんくらいの強さなら、なにかしらの仕事はあるはずざんすよ!」
「うむ、助言感謝する。ギルドへ行ってみよう。ただ……」
「どうしたざんす?」
「冒険者ギルドの場所が分からん。依頼とか契約とかそういうの全部マイケルに丸投げしてきたでござるからな」
バルガスはたまらず、ずっこけた。




