第55話 分厚さの変わらないただ一つの面の皮
キャラバンがろくに開拓されていない森を通過していると、人食植物が現れてキャラバンに襲い掛かってきた。人も食べることから人食植物と呼ばれるが、植物以外の動物はなんでも食べる獰猛な魔物である。
キャラバンのリーダーであるジェブは直ぐに叫んだ。
「冒険者の方々! お願いします!」
「はい」
魔物襲来にも特に声を荒げることなく、落ち着いた口調で答えたのはマイケルだった。
「ジェブさんは下がって。ジャック、キクコは俺とモンスターを! ルサルカは周囲を警戒、他はキャラバンの護衛に努めろ!」
依頼人であるジェブへは安心させるよう穏やかに、一方で仲間である冒険者たちには奮い立たせるような強い口調で。マイケルは剣を抜くと、ジャックとキクコを伴いマンイーターに向かっていく。
「マイケル。七時の方角に十数人の人間が隠れて様子を伺ってるよ」
指示通り周囲の索敵をしていたルサルカが言う。マイケルはマンイーターを両断する手を止めずに、
「ミラさん! その方向に注意を払って、こちらを攻撃してくる素振りがあれば、先んじて攻撃してくれ!」
「分かったわ! 任せて頂戴!」
「襲ってくる前に先にやるのは駄目なのか!?」
マンイーターを自慢の拳によるアッパーで上空二十メートルまで吹き飛ばしながらジャックが聞いてきた。
「盗賊だって馬鹿じゃない! 俺たちが戦いぶりで高位の冒険者って分かれば、諦めて襲ってこないはずだ! 俺たちの仕事はあくまでキャラバンの護衛で不必要な戦闘はするべきじゃねえ!」
当たり前の話だが体力と魔力は有限だ。使えば使うほど消耗していく。休めば回復はするが、逆に言えば休まなければ絶対に回復しない。
避けられる戦いはなるべく避ける。それが冒険者としてのマイケルの方針だった。
マイケルとジャックの暴れっぷりを目の当たりにしたからだろう。ルサルカが「こちらの様子を伺っていた連中は退散したようだよ」と言うまでさして時間はかからなかった。
そうして傷一つなくマンイーターの討伐を終えたマイケル達に、ジェブは感嘆の声を漏らした。
「凄いな……! これが三級冒険者か!」
すると戦いの中、自分はまったく働かないで酒を飲んでいたヘイザも、マイケルの奮戦を称えた。
「ふぃ~~~。働かずに飲む酒は最高でござるなぁ。マイケル~~。ようやった! 百億万年無税! あ、拙者ってば貴族じゃなかった、あーはははははははははははははははは!」
「凄いな……。これが三級冒険者か……」
ヘイザを豚のように見下ろしながら、ジェブはマイケルへ向けたものとは正反対の感情を込めて言った。
その日の夜。
今日の戦いの労いということでキャラバンが上等な食材を提供してくれたので、デイリー・ペースで一番の料理上手のペネロペが腕によりをかけて夕食を作った。
「今日もお疲れ様でした。はい、マトン肉のカレーライスですよ」
「うおおおおおおおおおおおお! カレーライス! カレーライスッ!!」
主に野郎どもが歓声をあげる。
野営で仲間と食べるカレーライスに盛り上がらない男など、この世界に存在しないのだ。
「ゴチになります! いやあペネロペさんは凄いなぁ。魔法も使えて、美人で料理上手で」
「ふふ、努力しましたから。私、最初は料理下手だったんですよ」
無邪気に喜ぶジャックに、ペネロペはまるで聖母のように微笑んだ。
「ペネロペ! 拙者も腹が減ったから、飯をくれでござる! 肉も野菜もモリモリで!」
ずっと酒飲んでいただけのヘイザが図々しく要求すると、聖母が一転して鉄仮面に変わる。
「働かないで食べるご飯は美味しいですか?」
「美味い! 腕をあげたな、ペネロペ!」
ペネロペの皮肉にも一切動じず、ガツガツとカレーを頬張りながらヘイザは満面の笑顔で言った。
「…………………はぁ」
皮肉が分からないほどヘイザは馬鹿ではない。完璧に分かっていてその上でまったくのノーダメージなのだ。追放してからも1mmたりとも変化のない面の皮の分厚さにはペネロペも嘆息するしかなかった。
そうしてマイケルはヘイザを追放していて間違いではなかったと、改めてあの時の決断が正解だったと思った。
「んじゃ拙者はもう夜も遅いので寝るでござるよ」
「抱き枕はいるかい?」
「今は嫌いだ。目の前にあれば叩き切る」
ルサルカの誘いを冷然と拒否すると、さっさと横になってぐーすかといびきをかき始めた。
「まったくヘイさんったら相変わらずね!」
「まあいいじゃないか。昔と違って報酬の六割持ってかれたりしないんだから」
「そうだな。そう考えれば、まあ許せるか。いざという時だけは頼りになるからな」
ジェイクのミラへのツッコミにマイケルも同意した。
理由は山ほどあるがヘイザ追放の最大の原因は報酬の六割を毎回持っていかれることにあった。それがないだけで大分ヘイザへのヘイトも消えるというものであった。それでも自分たちが必死に戦っているのに、酒飲んで寝てることに思うことはあるが。
「さて、ヘイザが眠ったことだし――――僕たちは夜の内緒話といこうじゃないか」
ルサルカが悪戯っぽく言うと、ジャックとジェイクの思春期真っ盛りの男たちが真っ先に反応した。
「夜の内緒話だって!?」
「えっちな話か!?」
「それも悪くないけど、僕たちが気になっているのはヘイザの過去でね。ヘイザの元パーティーの君たちに、彼との出会いや冒険について聞きたいんだ」
「ヘイザの過去といっても俺たちも詳しく知らないぞ。俺たちが最初にヘイザと出会った時、ヘイザはあんな感じだったし。それ以前になにをしてたかはさっぱりだ」
「気になって本人にストレートに聞いたことがあるけど、はぐらかされて終わりだったしね」
パーティーのリーダーであるマイケルと、ヘイザと一番仲良くしていたミラがあっさりと答えた。
「緋桜姐さんに聞いたらどうだ? たぶんあの人なら知ってるんじゃないか?」
「緋桜さんは友達相手だってお客の情報を吹聴したりしませんよ。ましてやヘイさんのことですし」
それもそうか、とジェイクは納得する。
ヘイザの剣術の弟子だったジェイクは(もちろん客になったことなどはないが)緋桜とも面識があってその為人はよく知っていた。
「君たちと出会ってからのことでも構わないよ。ほら、僕も女の子だから、好きな男の子のことはちょっとでも知りたいのさ」
「…………」
ペネロペは趣味が悪いですね、と口に出すのをぎりぎりのところで堪えた。
「まあいいぜ。別に隠すようなことでもないしな。それじゃあ何から話そうか」
そうしてマイケルはヘイザとの出会いの話を語り始めた。
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