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第44話  二頭の鬼

 主に漁業を主要産業としてきたニューベリー島が、極東からやってきた男女二人の鬼によって住民を皆殺しにされ鬼ヶ島となってから半年。その鬼ヶ島を支配する鬼の名を、禍風(まがかぜ)と睡蓮(すいれん)といった。

 男の方が禍風で名前の通り鬼の鬼術(人間でいうところの魔法)を得意とし、女の睡蓮は術の腕前は禍風にやや劣るが、金棒を使った近接勝負なら禍風を凌駕する使い手である。


「禍風よ、この新大陸の連中は骨がないのう」


 殺して術で保存しておいた村民を骨ごとむしゃむしゃと食べながら、睡蓮が言うと禍風はにやりと笑いながら、


「骨がないだって? じゃあお前が今まさに肉と一緒に貪っているのは、なんだっていうんだ? 大福かういろうとでもいうつもりか?」


「分かってて揶揄うな比喩じゃ比喩。弱い奴等ばかりということよ。大和の同胞……いや同族達と同じでな」


 極東大和にいる鬼達の多くは人間たちと敵対するのではなく、融和して共存する道を選んだ。それに反発した鬼達は極東に残り人間と手を組んだ同族達と争う者と、極東を出て世界各地に散らばる者とに分かれた。禍風と睡蓮は後者である。二人の鬼の夫婦は世界各地で気ままに暴れまわり、こうして新大陸東部にまで流れ着いたのだ。


「確かに俺達が鬼ヶ島を作ってから丸半年間も、碌な討伐隊も出張らんというのは初めてだ」


「じゃろう? これまでは一カ月もすれば、冒険者の徒党やら国軍やらが妾たちを討ちにきたものじゃ」


「もしかしたら、このあたりには弱い冒険者しかいないのかもしれんな。だとしたら暫くゆっくりできそうだ。これまで討伐隊がきては返り討ちにして、返り討ちが厳しそうと判断したら逃げての繰り返しだったからな」


 禍風の推理は半分正解で半分間違いだった。

 確かにこのあたりは既に開拓されて久しいため腕利きの冒険者はいない。だが高い報酬金を用意すれば、やや離れたところにいる腕利きの冒険者を招くことは可能だ。ではどうして一向に討伐隊が派遣されないかというと、それはここが新大陸の東部だからだ。

 新大陸でも西部側は極東大和からやって来た鬼が出没する事も多いため、鬼ヶ島攻略のノウハウを蓄積しているが、逆に極東大和と反対側の東部には、鬼との交戦経験のある冒険者は皆無に等しい。

 トップクラスの冒険者達はプロである。いくら高額報酬が提示されても『吸血鬼に匹敵する怪物らしい』という曖昧な情報しかないのに討伐依頼を引き受けたりしない。

 そして東部地域のみならず新大陸全土から引っ張りだこになる冒険者となると、依頼報酬がより高額な上に他に喫緊の依頼を受けている者も多く、中々雇うことができないのだ。

 最後に新大陸に駐留している帝国軍に頼るのは論外だ。鬼の討伐を依頼しようものなら『自分達で魔物討伐もできないなら自治権を返せ』と言ってくるだけである。

 このような事情があって半年間討伐隊ゼロという事態を生んでいるわけだが、そこまで人間社会に詳しくない禍風と睡蓮の二人には『このあたりの人間は腰抜けばかり』という風にしか思えなかった。


「……妾は退屈じゃ。以前の鬼ヶ島で討伐隊の奴等と戦ってから、まともな戦いをしておらんぞ」


「これまで戦いの連続だったんだ。今はそういう時期だと思え」


 夫婦で好戦的な性格だったから共存を選んだ同族から離れた二人だが、変わらず暴れるのが大好きな妻の睡蓮と異なり、夫の禍風の方は殺し合いばかりの日々にうんざりし始めていた。なので睡蓮を言葉で宥めると、村長の酒蔵から持ってきた酒をあおった。


(人間なんぞと共存するなど正気かと、同族達を嘲笑ったものだが、今思えばあいつらの方が利口だったかもしれないな)


 そう禍風が過去の自分の判断を悔やんでいた時だった。白旗を掲げた船が一隻、鬼ヶ島に近づいてきたのは。


「おい禍風。白い旗を掲げる船が近づいてきておるぞ。ようやっと討伐隊がきたんじゃ。腕が鳴るぞ!」


「待て睡蓮。確か白旗は人間どもの間では、戦闘の意志はないという合図だったはずだ」


 禍風が凝視すると船に乗っているのは十二人。そのうち船をこいでいる二人の男女以外は、全員が縄で縛られ猿轡をされ拘束されていた。明らかに討伐隊ではない。暫く考えた禍風は睡蓮の反対を押し切り、白旗を掲げてきた連中と会うことを決めた。


「は、初めまして鬼の方々。私は近隣の村の村長の息子です」


 そう平伏しながら言ったのは町長の息子らしい服装に身を包んだヘイザだった。


「その妻です」


 そして同じように平伏しながら言ったのはルサルカである。ほんの一瞬だけヘイザは『予定ではただの従者の予定だっただろう』と睨むが、直ぐに元の媚び諂う町長の息子の顔に戻った。


「なんじゃ。村長の息子夫婦がわざわざ妾たちに食われにきたのか?」


「い、いえ! 今日はお願いがあって参ったのです! 我々は、貴方様方に降ります! 定期的に村から生贄を捕え、貴方様方へ献上致しますし、お望みとあらば他の集落への道案内もやりましょう! だからどうか、我らの村に慈悲をお願いしたく! どうか!」


「身の程を弁えよ。大和の我等と同胞になろうと言った者達よりはマシじゃが、人間の分際で妾達の家臣になろうというのも十分に増上慢よ。人間は全て妾たちの家畜じゃ。妾は家畜を家臣にする趣味はないわ」


「お、仰る通り我らは貴方様の家畜です! ただ貴方様方への食料を生産する、種馬としての役割をお認めいただければ、と」


「まずはご挨拶に十人を生贄として捧げます。どうかご一考くださいませんか?」


 跪くヘイザとルサルカを見下ろす睡蓮の表情がどんどん冷たいものになっていく。鬼である事に誇りを持ち人間を見下す彼女だったが、一方で自分たちを殺しに来る強い人間を好むという二面性がある。そんな睡蓮にとって、自分たちの安寧のために鬼に跪く人間は、見下すのではなく嫌悪の対象だった。


「薄汚い人間が。貴様のような奴等は食う気すら失せるわ」


「で、では……」


「ああ、この場で二人纏めて金棒で叩き潰して海に撒いて――――」


「まあ待て睡蓮」


 しかしそんな睡蓮を、禍風が制した。


「おい禍風! まさかこやつらの提案を受けるのではあるまいな!?」


「悪くはない話だろう。こいつらを利用すれば、楽に人間を食える」


 睡蓮と違い戦いばかりの日々に飽きてきた禍風からしたら、この提案は渡りに船だった。今更になって人間と融和するのはプライドが許さないが、人間たちの一部を下僕として支配するというならば許容範囲内である。


「ふざけるなっ! どうしたのじゃ禍風! 鬼としての誇りは何処へ捨てた! そんなでは人間共との融和なんぞを唱えた奴等と同じではないか!?」


「落ち着け睡蓮。これはだな……」


 禍風が怒鳴る睡蓮を宥めるために振り返りヘイザ達に背を向けた瞬間だった。ヘイザが懐から刀を抜き、一太刀で背を向けた禍風の首を刎ねる。

 ごろん、と転がる首。

 如何な最強の魔物の一角といえど、鬼には吸血鬼ほどの再生力はない。

 禍風という鬼は自分が殺された事に気付く間もなく絶命した。



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― 新着の感想 ―
流石に交渉失敗で逃走も失敗、戦闘でも苦戦 とはできなかったか…
鬼退治ってこういうもんだよな。 源頼光(だっけ?)も酒を貢いで酔わせ殺してるし。
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