第45話 鬼ヶ島の戦い
やってしまった、とヘイザが思った時には既に禍風の首はポトンと地面に落ちた後だった。
町から調達した縛り首予定の囚人に、魔法で溶けないよう固めた猛毒を服用させた上で鬼に生け贄として献上。首尾よく鬼達が生け贄を受け取れば良し、受け取らなかったら生け贄を置いて逃げて、鬼が生け贄を食べるのを待つ。そして鬼が人間に仕込まれた猛毒で苦しみだしたところを見計らい襲撃を仕掛ける。それが本来のヘイザが立てた作戦だった。
そのために七雄の息子であるコンラートに町長を説得させ、縛り首予定の囚人たちに家族に金一封を出すという司法取引で生け贄として連れてきたのである。
だが禍風が余りにも斬りやすい隙を晒すものだから、確実に鬼の片割れを殺す絶好の好機と反射的に首を刎ねてしまった。
「おのれ、よくも禍風を!」
夫を殺された女鬼の睡蓮が殺意を剥き出しにして叫ぶ。鬼の濃密な魔力が地面を揺らし、木々の葉を吹き飛ばした。
殺意を露わにしただけでこれか、とヘイザは嘆息しつつ、
「こうなっては仕方ない、予定変更でござる。残り一匹になった鬼をここで斬る。それでいいな、ルサルカ?」
お前も戦ってもらうぞ、と視線を向けるとルサルカは何が嬉しいのか微笑みながら頷いた。
「ああ、鬼退治なんて英雄譚を一緒に戦うだけで、間近で見れるなんて体が火照ってきてたまらないね」
鬼の殺意を真正面から浴びれば、経験豊富な三級冒険者すら恐怖に竦むものだ。だというのにルサルカは怯えるどころか、頬を赤く染めて興奮していた。大した変態ぶりだが、戦力としては数えられるとヘイザは判断する。
「ならば行くぞ!」
「人間風情が! 妾の愛する男を、貴様が!」
睡蓮が片手で振るう金棒と、ヘイザが両手で振るう刀が激突する。
瞬間、絶望的なパワーの差を感じ取ったヘイザは、瞬間的に力で鍔迫り合うのではなく、技で受け流すことを選択する。
「――――っ!」
両手に痺れを感じながらも、どうにか受け流しに成功する。
危ないところだった。もし真っ向から金棒とぶつかり合おうとしていたら、両腕ごと胴体を抉られていたことだろう。
「そらそらそらそらそらそらそらァ!」
だが睡蓮の猛攻は止まらない。ただ力任せにヘイザ目掛けて金棒を振り回してくる。それはなんの技量もない、本当にただ力任せに振り回しているだけだ。けれど尋常ではないパワーとスピードがそれを必殺の一撃たらしめている。
一撃でも直撃すれば死ぬ連続攻撃を、ヘイザは刀で金棒を滑らせたり、或いは軌道を逸らしたりして防戦していく。しかし一撃いなすごとに、ヘイザの腕には痺れが蓄積していった。
「不意打ちしたとはいえ禍風を一撃で殺しただけはあるのう! くはははははははははは! 良いぞ! 妾から伴侶を奪った男なら、それ相応に愉しませてもらわねば帳尻が合わんから――――ぬおっ!」
その時、睡蓮の体がガクッと沈んだ。
ルサルカが魔法で睡蓮の足元だけを底なし沼にして、足を呑み込んだのである。
言うは易しだが、行うは難しだ。立ち位置が素早く入れ替わる近接戦闘をしている最中に、味方を巻き込まず敵の足元だけをピンポイントで沼に変化させるのは、恐るべき集中力と魔力のコントロールが不可欠だ。四属性制覇の天才は魔力コントロールにおいても天才的だった。しかし、
「しゃらくさいわ!!」
足を呑まれた隙にヘイザが禍風のように首を刎ねようとすると、睡蓮は全身からハリネズミのように氷柱を生やしてきた。
反射的に後ろへ大きく飛びのくヘイザ。
危ういところだった。もしあと一瞬判断が遅れていたら、ヘイザは今頃氷柱で串刺しになり死んでいた事だろう。
「まだじゃ!」
強引に沼から足を引き抜くと睡蓮はありったけの魔力を注ぎ込み冷気を飛ばす魔法を放ってくる。それは氷属性の魔法としては初歩的なものだったが、兎にも角にも規模が凄まじかった。金棒を振り回していた時と同じ、なんの技量もへったくれもない力任せの魔法だった。
「聖霊の灼熱」
それに対してルサルカが最上位の炎の魔法を放った。
恐ろしい事にルサルカの放つ魔法は込められている魔力量だけでも鬼の睡蓮とまったくの互角だった。それに加えルサルカには神懸かりの魔力コントロールもある。聖なる炎は力任せの冷気を吞み込むと、そのまま睡蓮に直撃した。
「女のほうも、やるではないか! くか、かかかかかかかかかか! 楽しいのう、楽しくなってきたわい!」
人間なら軽く消し炭になる炎を浴びても睡蓮は死にはしない。
吸血鬼と違い首を斬られれば流石に死ぬ鬼だが、逆に言えば一撃で首を刎ねるような明確な”死”を与えない限り、持ち前の生命力で耐えて回復してしまうのだ。
地面を抉りながら踏み込むと、一息に睡蓮が距離を詰めてくる。狙っているのは強力な炎の魔法を放ったルサルカである。
どれだけルサルカが優れた魔法使いでも、鬼相手に近接戦ができるはずがない。ヘイザはルサルカを蹴っ飛ばすと、代わって睡蓮の金棒をいなした。
「底なし沼よ、出でよ」
「ハッ! 同じ手は二度と喰らわぬわ!」
ルサルカが再び睡蓮の足元を沼にするが、睡蓮は沼を冷気で凍結させてしまい、足が沈むのを防ぐ。そしてヘイザに対して金棒の連続攻撃を続けた。
(これは、不味いかもしれないな)
痺れから徐々に感覚を失っていく両腕に、ヘイザはまるで他人事のように心の中で呟いた。
「なにやってるのさヘイザ。そんなんじゃないだろう、君の本気は。いくら君が不真面目でも、それで死ぬのはちょっとないんじゃないかい?」
期待するような、或いは挑発するようなルサルカの言葉。それに対してヘイザは、
「うぎゃあああああああああ! 痛ぁい! 死ぬ、死んでしまうでござるぅぅぅうう! ルサルカ! 黙ってないでさっさと拙者を助けるでござるよぉぉおおおおおおおおお!」
思いっきり泣き言を叫んだ。
「……この期に及んでまだ焦らすんだ。ああ、そんなに隠そうとする秘部に、僕はもうぐちゅぐちゅだよ。たまらないね」
ルサルカが魔法を唱える。だがそれは攻撃魔法ではなく水属性の回復魔法だった。ヘイザの腕から痺れが消える。
「なにをごちゃごちゃ言っておる! これでとどめじゃ! 死ねぇ」
睡蓮がありったけの殺意と膂力を込めた金棒がヘイザの脳天へ振り下ろされた。
その一瞬、ヘイザの体からなにか黒い靄が放たれたかと思うと、
「――――――ぇい?」
睡蓮の言葉が不自然に途切れた。
ゴトンと、睡蓮の胴から落ちた首が地面に転がる。それからやや遅れて漸く斬られた事に気づいた首の切断面が血を吐き出した。
「――――ふふ、漏らしちゃったね」
うっとりするようにルサルカが言う。
「いやあ。偶然にも刀が上手い具合にするりと急所に入っちまったでござるなぁ。ラッキーでござる」
「そういうことにしておくよ」
ヘイザとルサルカは其々二体の鬼の生首を拾い上げる。討伐した証明として首級が一番なのは、人間も鬼も変わらない。
こうして鬼ヶ島での戦いは終わった。
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