第35話 不真面目な男
「ヘイさんって何者なんでしょう?」
緋桜のところで一緒にボードゲームに興じていたキクコは、何気なく前々から思った疑問をぶつけてみた。幽霊故に物体に触れられないキクコの代わりに、キクコの双六の駒を動かしていた緋桜がキョトンとする。
「どうしたでありんすか。藪から棒に?」
「最初は実力のある不真面目な冒険者だと思ってたんですけど、妙に恐い顔をする時や、妙に冷酷になる時があって、一体どういう人なのかなって」
エルフの里でエルフ達に武器を向けられた時は、殺気一つで五分五分に持ち込んでしまった。甘ったれなアンリ・ラクロウに対しては、とんでもなく冷たい口調で責めたてもした。どれも単なる腕利きだが不真面目な冒険者とは思えない言動だった。
「あらま。キクコはんヘイさんにほの字になってしまったでありんすか? それは参りんしたねぇ」
「いえ、それはないです」
断固たる口調で否定した。
ヘイザの事は嫌いではないし寧ろ感謝しているが、そういう相手としては死んでも……否、成仏してもお断りである。
「でも異性としては論外でも、仲間としては気になるんですよ。緋桜さんとヘイさんのファーストコンタクトってどんなんだったんですか?」
「お友達のキクコはん相手でも話せないことはありんす。堪忍しておくんなんし」
そう言って過去に思いをはせるように緋桜は切なげに目を伏せた。だがその横顔が本当に愛おしい記憶を手繰るようで、キクコはこれは踏み込んではいけない話なのだと受け入れる他なかった。
「ちょっと昔を思い出してしまいんした。でもわっちはキクコはんが思ってるほど、ヘイさんが過去になにをしていたかなんて知らないでありんすよ」
「気にはならないんですか?」
「ヘイさんがわっちの過去を気にしないなら、わっちも敢えてヘイさんとの過去を言う気もありんせん」
「ん? ヘイさんとの過去?」
てっきり緋桜がヘイザと出会ったのは、彼が客として緋桜を買ったからとばかり思っていた。だが緋桜の口振りはまるでそれ以前に関係があったかのような口ぶりだった。
「ちょっと話し過ぎてしまったでありんすね。さ、それじゃあ双六の続きをいたしんしょう」
そう言って緋桜は強引に話を変えた。キクコもそれ以上、ヘイザの話題を聞き出そうとはしなかった。
キクコが緋桜が双六遊びを再開した頃、話題の人物だったヘイザはといえば、緋桜ではない別の安い女を買って楽しんだ後で、その足で酒場に突撃していた。
「オヤジ! 大金貨一枚であるだけ酒持ってこいでござる!!」
「オヤジじゃなくて女将といいな!」
酒場の女将はヘイザが転がした大金貨を受け取ると、言われた通り大金貨一枚で出せる分のありったけの酒を持ってきた。
所狭しと並ぶ酒。到底一人の人間が飲み干せる量ではない。飲み切れなかったとしても代金は全て頂き、手のつけられなかった酒は回収する。女将はそういう算段であっただろう。
だがヘイザの遊び人っぷり……もとい蟒蛇っぷりは度を越していた。
「ふぃ~~~。やっぱ酒を浴びるほど飲むのは、こう体がポカポカと酒が血液のかわりに沁み込んでサイコぉーでござるなぁ。ヒック」
「嘘だろ? あの量を全部飲んじまいやがった」
「オヤジィ! お代わり持ってこいでござる!! 安酒じゃなくもっと高ぇのでござる!!」
「だからオヤジじゃなくて女将だよ。それにもう大金貨一枚分は出したよ! これ以上は……」
「金ならあるでござる!」
そう言ってヘイザはドンと大金貨を更に三枚置いた。顔を真っ赤にしながら挑戦的な表情を浮かべるヘイザに、女将もにやりと笑った。
女だてらに酒場で女将をやっている訳ではない。大酒飲みは大好きだった。金払いの良い大酒飲みはもっと大好きだった。
「ふっ、待ってな。店の酒をありったけ持ってきてやるよ。残しても金は返さないからね」
「おうでござる! 拙者の胃袋は底なしでござるよぉ!」
こうしてヘイザはその日、一日中酒を飲み続けて店の在庫を空にしてしまったのだった。ついでにヘイザの財布も空になった。
そうして財布をまたすっからかんにしたヘイザは、ジャックとキクコの二人を伴い冒険者ギルドへ来ていた。
昨日の酒がまだ抜けていないため頬はほんのり赤く、全身から酒臭さをプンプンと放っていた。
「うぃ~~、ひっく! あぁ……ジョンソォォン。今日の依頼はなんでござるかなぁ~~~?」
「うわっ! 酒臭っ!? どれだけ飲んだんです!?」
余りの酒臭さにジョンソンは思わず鼻を塞いでしまった。
「アホーーーーー! 飲んだ瓶の数を数えながら飲む酒飲みがいるくァーーーーーーーーーー! 飲みたいだけ飲めるだけ飲む! それが酒飲みの流儀で……あ、吐きそう」
「ちょっとアッシュブレードさん!? こんなところで止めてください!」
「ご主人! 袋! 吐くんならこん中に!」
口元を抑えたヘイザに、慌ててジャックが嘔吐袋を差し出しつつトイレにヘイザを連行した。そうして暫くトイレでげーげーしたヘイザは、痛んだ喉を押さえながら戻ってくる。吐くものを吐いたお陰か、多少だが酔いが醒めたようだった。
「あー、吐きすぎて喉が痛ぇでござる」
「まったくこの素行の酷ささえなければ、我々としてもギリギリ二級昇格の推薦をすることができるんですがね」
二級冒険者に冒険者を推薦して、それが認められる事は冒険者ギルドにとってステータスである。だが何度も推薦したのに認められないとなれば、逆に評価が下がってしまう。ヘイザのように実力は一級並みなのに素行が酷い冒険者は、冒険者ギルドにとってなんとも歯がゆい存在だった。
「それはさておき今日の依頼はどうしますか?」
「ご主人がこんな調子だし、キクコちゃんが決めたら?」
「あ! それなら私、冒険がしたいです! これまで色恋関連とかばっかでしたから!」
「冒険ですか。それなら発掘した遺跡がダンジョン化して魔物が湧き出してきたので、それを止めて欲しいという依頼がありますね。ダンジョン内のものは持ち出し自由だそうです」
「ダンジョン探索! これですよこれ! こういうのが私のやりたかった冒険なんですよ!」
ザ・冒険者というべき依頼内容にキクコのテンションがいつになく高まった。
この新大陸には先住民であるエルフや獣人達すら知らない、古代文明の遺跡が幾つか存在する。そういった遺跡に魔物が住み着いた場合、そこをダンジョンと呼ぶ習わしとなっていた。
「けど金になるんでござるか~~~?」
「持ち出し自由なんて儲かりますよ、たぶん!」
キクコはなんの根拠もなく力強く宣言した。
もし宜しければブックマークと、下の☆☆☆☆☆から評価を入れて頂けると大変励みになります!




