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第33話  甘い人

 依頼人の一言で脱線しかかっていた話を戻したヘイザ達は、改めて本題に入る事にした。だがヘイザが口を開くより先に、ジャックがアンリに質問をぶつけてしまう。


「あ、その前に確認したいんですけど、吸血鬼とはどう知り合ったんですか?」


「『吸血鬼』とかいう呼び方はよしてくださいよ。彼女はベルタェラーカっていう名前があるんだ。貴方だって『おい人間』とか言われたら不快でしょう」


「ごめんなさい。じゃあそのベルタェラーカさんとはどうやってお知り合いに?」


 アンリは早いところ仕事の話をしたいだろうに、こんな話を振られても迷惑だろうとヘイザは思ったが杞憂であった。


「知っているかもしれませんが、僕には兄が一人います。父さんにはいつも出来のいい兄と比べられて、勝手に期待されて勝手に失望されて、兄さんは兄さんでそんな僕を見下すどころか逆に愛してくれて、それが余計に惨めで……。それでなんだか生きているのが嫌になっちゃって、崖から飛び降りて自殺しようとしたら、ベルタが僕を助けてくれたんです! その時に一目ぼれしちゃって、僕の人生はこの人のために捧げたいなって」


 アンリはジャックの質問に嬉々として出会いのエピソードを語り始めた。どうやら自分が会話で蚊帳の外にされたのが不満で、割って入っただけだったらしい。


「そりゃ運命的な出会いでござるなぁ!」


 吸血鬼の生態と違い、ヘイザはアンリとベルタェラーカの出会いのエピソードには欠片も興味がなかったが、それを言ってへそを曲げられても面倒だったので適当に相槌を打っておくことにした。


「別に助けたんじゃなくて、若くて健康なのに好き好んで自殺する理由に興味があっただけなのだがな。そしたらこやつめ。私が好きだだの、私のために生きるだの歯の浮くような台詞を並べおってからに」


 顔を赤らめながら当時のことを回想するベルタェラーカ。そうしてアンリとベルタェラーカの惚気話はそれから一時間ほど続いた。最初は興味津々だったジャックとキクコも、余りの長さにだんだんとげんなりとした表情になってきた。

 仕方ないのでわざとらしく咳払いしてヘイザが割って入る。


「さ。二人の絆の深さがよ~~~く分かったことでござるし、そろそろどう駆け落ちするかについて話そうではござらんか! 駆け落ちする場所、決行する日時、そのための資金をどうするかなど決めなければ」


「あ。資金なら大丈夫ですよ。これだけありますから」


 そう言ってアンリは大金貨のたっぷり入った金貨袋を置いた。

 重みからいって百枚は入っているだろう。大金貨は金貨十枚分なので金貨千枚分である。


「こ、これだけの大金どこで?」


「うちにはお金だけは沢山ありますから! 同じ分の袋が他に幾つかありますよ!」


 キクコの疑問にあっけらかんとアンリが答えた。


「エクセレント! これで資金問題は解決でござるな!」


「そうですか! 良かったです!」


「…………」


 口を真一文字に結んで厳しい目をするキクコを余所に、ヘイザはアンリと駆け落ち作戦を詰めていく。


「では次は駆け落ち先を決めねばならぬな」


「僕はベルタと慎ましく幸せに暮らしたいだけだから、あんまり広い家は必要ありません。田舎でのんびりスローライフが送りたいな。あ、でもあんまり未開拓地でも不便だから、歩いて一時間……あ、いや三十分くらいのところに、そこそこの街があるといいですね」


「…………」


「あい分かった。資金さえあれば手頃な土地と家は拙者が確保するでござる。最後に決行日時はどうするでござるか?」


「準備ができたらいつでもいいですよ! 父さんは僕のこと放置して、州都や本国で仕事ばっかだし、兄さんは留学して家にいないし」


「…………」


「じゃあ家の手配が済んだら連絡するでござる。道中は魔物が出るかもしれんから拙者たちで護衛するでござるよ!」


「本当ですか! ありがとうございます! 貴方はとっても良い冒険者さんですね! この前、直接依頼したイングリッドって冒険者は、話をしたら怒鳴ってくるわ、駄目だししてくるわ、依頼は断るわでまったく酷い対応だったんで。まったく二級冒険者だっていうのに、とんだ期待外れでしたよ」


「はははは。冒険者にも悪い者と良い者がいるんでござるよ~」


「もう少しだよベルタ。もう少しで僕ら二人の幸せな生活が始まるんだ」


「ああ。私は人間の世界のことはよく知らないからな。迷惑をかけるかもしれんが……」


「大丈夫。僕が守るよ」


 アンリとベルタェラーカは二人は見つめ合って二人だけの世界に入っている。

 ヘイザはそんな二人をとぼけた表情のまま見ていた。


「夫婦円満でいいことでござるなぁ。じゃあ拙者はこのへんで」


 用事も終わったのでヘイザはさっさと帰ろうとした。

 しかしヘイザと違ってキクコは恐らくは依頼を断ったイングリッドと同じくらい、或いはそれ以上にお節介だった。


「待って下さい!」


 いきなり叫んだキクコに、アンリの視線が突き刺さった。



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― 新着の感想 ―
イングリッドさんめちゃくちゃまともな人だな……
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