第32話 インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア
一代で男爵まで成り上がったラクロウ男爵家の屋敷はとんでもなく広大だった。
帝国は決して爵位を安売りはしていない。いや一代限りの名誉騎士爵であればその限りではないが、子供にも継承できる正規の騎士爵であれば莫大な大金がかかるし、男爵位を買うとなると一般人が一万年間不眠不休で働いて漸く稼げるような大金が必要となる。なお爵位を買えるのは男爵位が限界で、子爵以上は帝国に対する貢献が必要不可欠だ。
ともあれ爵位を買って見せたラクロウ男爵というのは、とんでもない大金持ちな訳だ。恐らく単純な裕福さなら、帝国本土の大抵の伯爵家をも凌駕するだろう。
ヘイザ達は屋敷を守る衛兵にアンリ・ラクロウの依頼を受けてきたと伝えると、暫く待たされた後、屋敷の中に通された。そして通された談話室に待っていたのは二人の男女だった。
一人はまだ二十歳にも満たないような少年で、もう一人は赤い目をした少女だった。
ヘイザは談話室の周囲を素早く見渡す。まだ昼間だというのにカーテンは閉め切っていて日光が入らぬようになっていた。
吸血鬼は多様な能力を持つが、唯一太陽光に弱いという弱点を持っている。
察するにこの赤い目の少女が、件の吸血鬼なのだろう。
「よくお越しくださいました! 僕が依頼人のアンリ・ラクロウです!」
「吸血鬼ベルタェラーカ・カルンスタインだ」
アンリは満面の笑みで、吸血鬼ベルタェラーカは頬杖をつきどこか試すような目で其々自己紹介をした。
「きゅ、吸血鬼……失礼ですが、ほ、ほんまもんなんですか!?」
初の生吸血鬼に上ずった声でキクコが言った。
「証拠が欲しければ頭を潰してから、蘇ってみせようか?」
そう言いながらベルタェラーカは自分の頭に指を突き刺してぐりぐりとやり始めた。
「い、いえ結構です」
頭を潰すほどではないが、ベルタェラーカがやってみせた行為は真っ当な人間なら十分致命傷である。それで平然と笑っているのが彼女が人ではない化物である証明だった。
「大体だな。驚いているのはこちらのほうなのだぞ。冒険者が来るとは聞いていたが、よもや幽霊が来るとはな」
「ほう」
「なっ!」
「え、分かるんですか?」
一目でキクコの正体を看破したベルタェラーカに、三人は驚愕する。
「伊達に長生きはしとらん。数は少ないがお前以外の幽霊を見たこともある」
「そ、それじゃ人間が幽霊になるメカニズムを知っていたりするんですか?」
「まあ仮説くらいはな」
「マジっすか!」
駄目元で聞いたらまさかの返答が返ってきて、ジャックが思わず大声をあげてしまった。
「依頼とは関係ないでござるが、後学のために仮説を拝聴させて貰えんでござるかな?」
「別に構わんよ。これまで私が見てきた幽霊は、全員が白魔法または黒魔法の高い適性を持つ者だった。だから恐らく白か黒の属性を、持って生まれたものだけが幽霊になることができるのだろう。方法までは分からんがな」
「興味深い意見でござるなあ」
もしそれが事実だとすると幽霊化というのは、白と黒の陰陽二属性に属する魔法の一種である可能性が高いだろう。これを魔法学会に論文として提出すれば、ちょっとしたセンセーションを起こす事ができるかもしれない。
「あ、あと吸血鬼に噛まれた人間は吸血鬼になるとかいう話も聞いたんですけど、本当なんですか?」
ベルタェラーカが意外にも話しやすい相手と分かり安心したジャックが、更なる疑問をぶつけた。
「できなくはないが、それにはその者の人間の血を全て吸い取った後で、吸血鬼である自分の血を全て注ぎ込まなければならん。手駒のグールにするだけなら僅かな血で足りるがな。まあどちらも人間限定で、エルフや獣人はグールにも吸血鬼にもできん」
「あの、全ての血を注ぎ込むって、それって死んじゃうんじゃないですか?」
キクコが言うと「そうだ」とベルタェラーカは頷いた。
「人間として死にたくなった元人間の吸血鬼が、たまにこの方法で吸血鬼を他人に押し付け、自殺したりする。元々が吸血鬼の両親から生まれた純血種の私にはよく分からない感覚だがな。人間から吸血鬼になった変異種には人間に対する未練が残っているものもいるらしい」
「……あのご両親は?」
「死んだよ。数百年前に新大陸より渡って来たお前たちの先祖である人間たちに殺された」
ジャックが恐る恐る聞くと、ベルタェラーカはあっさりと答えた。
「人間のいないこの新大陸で吸血鬼は、絶対的な魔王として君臨し、エルフや獣人共を生き血を差し出す家畜として扱い我が世の春を謳歌していたが、そこへ旧大陸よりやってきた人間どもが、エルフや獣人と結び、我々を討伐したのだ」
「……そういうことでござるか」
「おっと、お前は察したようだな」
ベルタェラーカがにやりと笑う。
「ヘイさん、何が分かったんですか?」
「吸血鬼はエルフからも獣人からも血を吸うことはできるが、グールにできるのも吸血鬼にできるのも人間だけ。そしてこやつは白と黒の属性と言った。エルフなどの先住民が言う闇と光ではなく、な。ということは、だ。吸血鬼とはこの大陸の先住民ではなく、外からやってきたのではござらんか? 恐らくは帝国のある旧大陸から」
「正解だよ。ソロモン大陸の英雄ジュリアス・バエルにより我々の祖先は滅ぼされたが、僅かに残った生き残りが、英雄の手の届かぬところへ逃げようと海へと逃れ、その更に一部が奇跡的にこの新大陸を発見し、新たな吸血鬼の国としたのだ」
「じゃあ始まりの冒険者カシムより先に吸血鬼が新大陸を発見していたんですね! これは凄い発見ですよ!」
歴史を揺るがす大発見にキクコが興奮しながら言った。
もし生きた人間だったら、興奮で強く握りしめられた手に汗が滲んでいたことだろう。
「あの失礼なこと聞いていいですか? 両親を殺されて、国を滅ぼされて、人間を恨んでいないんですか?」
ジャックが突っ込んだ質問をする。不躾ではあるがヘイザも気になっていた事なので咎めはしなかった。
「恨んでいたさ。私も当時は怒りのままに人間・獣人・エルフと殺戮したものだが、いつからか復讐するのにも疲れてきてな。沢山殺したしまあいいか、ってことで終わりにしたんだ。ま! その後はおなじみ復讐の連鎖ってやつで、私に復讐しに来る人間とかいたが、適当に死んだふりして、それからはひっそり暮らしていたら、私を討伐しようって物好きは寿命で全滅したよ」
そう言ってベルタェラーカは呵々と笑った。
寿命を使った逃げ切りとは、不老不死の吸血鬼ならではの必殺技である。
「あのぉ。そろそろ仕事の話をしても大丈夫ですか?」
「あ」
アンリのおずおずとした発言で、ヘイザは自分達が吸血鬼にインタビューしにきたのではなく、彼の依頼を受けに来たことを思い出した。
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