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第31話  黄色い依頼書

「と、いうようなことがあってなぁ。流石に童貞のまま冒険中に野垂れ死ぬことがあれば哀れすぎるから、一度そういう店に連れてってやったほうがいいでござろうか?」


 藤乃屋でやることをやったヘイザは、同衾している緋桜にジャックの事を相談してみた。緋桜が考え込むと、その吐息がヘイザの二の腕をくすぐった。


「わっちはジャックはんっていうお人について、ヘイさんやキクコはんからの伝聞でしか知りやせんから、なんとも言えんでありんすねえ。でもジャックはんが興味があるようなら、わっちから器量よしを紹介するでありんす」


 緋桜の目は確かだ。娼婦からの人望も含めて。彼女の紹介なら、確実に最高の女性を最初の相手として宛がってくれるだろう。


「えぇ~。でも緋桜の紹介する器量よしだと値が張るでござるし」


「男の門出をケチケチするもんじゃありんせんよ」


 そう緋桜に言われてしまうと、ヘイザとしても財布の紐を緩めざるを得なかった。冒険者として酒と女を知らずに死ぬ事は、最大の不幸の一つなのだから。


「ところでヘイさんはもしもわっちが『わっちだけを見て欲しい』と言ったら、どうするでありんす?」


 緋桜がヘイザの腕に絡み、熱っぽく囁く。

 プロポーズの言葉とも受け取れるそれを、


「責任とれねえでござるよ。自由、無責任、不真面目って最高でござる」


 ヘイザはいつもの調子で、とぼけた返しをした。




 冒険で金を稼いだら、女・酒・賭博につぎ込んで素寒貧になる。

 この毎度のような展開でまたしても浪費しまくったヘイザは、金稼ぎの為に冒険者ギルドのジョンソンを訊ねていた。


「ジャックさん、この前は大活躍だったそうですね。決闘で一級冒険者のヴァルゴ・ハルファスを倒してしまうとは、街でも噂になっていますよ」


「あれは脳内で相手をファウストに変換できる時間があったのと、運が良かったからですよ」


「脳内? ファウスト? 変換?」


 ジョンソンは意味が分からず首を傾げた。

 だがジャックが噂になっているのは事実のようで、よくよく辺りを見渡せば、ジョンソンに視線を向けながらなにやらヒソヒソと話し合っている冒険者達が多い。中には熱っぽい視線を送る女性もいた。


「それよりジョンソン。今日はどんな依頼があるでござるかな? 楽して金儲けできるやつがあればいいのでござるが」


「私はそろそろ未知の遺跡とか島とかを冒険したいです!」


「……そうですね。一番報酬が高いのだと、これになります」


 ジョンソンは一枚の依頼書を取り出してきた。

 その依頼書というのが一般的な白い紙ではなく、黄色い紙であることにヘイザは眉をピクリと動かす。

 黄色い紙の依頼書というのは、冒険者ギルドが特にリスキーと判断した依頼であるという証だった。


「どれどれ。『吸血鬼と駆け落ちしたいので手伝って欲しい』でござるか」


「か、駆け落ち依頼って……そんなのあるんっすか? ってか報酬も凄い高いし」


 ペスカトーレに文字を教わっている最中のジャックは、まだまだ簡単な文章しか読めないが数字は別だった。報酬が金貨百枚となっている事は読み取れた。


「依頼人のアンリ・ラクロウっていうのはどういう人なんですか?」


「開拓業で莫大な富を築いて、その財産を帝国政府に収めることで爵位を得たアントニオ・ラクロウ男爵の次男ですよ」


 つまりはジュエルマインのアッパーバージョンということだろう。

 だが依頼人が成金の次男坊だとかそういうことは重要ではない。一番は駆け落ち相手が”吸血鬼”ということだ。


「きゅ、吸血鬼ってあれっすよねご主人。唯一の急所である心臓を破壊しない限り、どんなダメージも瞬時に回復して、とんでもない魔力と数々の特殊能力を持ってるあの吸血鬼ですよね?」


「依頼書に嘘がなければな」


「…………正気じゃない」


 ジャックの呟きに反対する者は皆無だった。

 吸血鬼は新大陸において最凶最悪の魔物である。確かに見目麗しい者が多いという話だが、だからといってそれと駆け落ちするなど狂気の沙汰以外の何物でもなかった。


「ある意味、勇者でござるな。成功すれば史上初めて魔物のテイムに成功した史上初の魔物使いヴァン・ハンターに匹敵する偉業になるかもしれぬでござる」


 ヘイザは昔の特級冒険者の名前を出して言う。それを大袈裟であると笑う者はいなかった。


「正直、一級冒険者すらやりたがらない依頼ですけど、受けます?」


 ヘイザの実力でも吸血鬼というのは骨が折れる相手だった。なにせ心臓を破壊しなければ死なないのに、吸血鬼は肉体操作能力で心臓の位置をある程度自在に変更することが出来る。更に不老不死である彼等は、殆どが魔法の達人ときていた。

 好き好んで戦いたい相手ではない。


「駆け落ちの手伝いということは、駆け落ちした先で、その次男坊が吸血鬼に食われて死のうと構わんのでござるな?」


「ええ、そうなりますね」


 ジョンソンの言葉でヘイザの腹は決まった。


「あい分かった。ではその依頼、拙者たちで受け持つでござるよ」


 ジャックとキクコが嫌がる目をしたが、ヘイザは無視する。

 金貨百枚は命を懸けるに値するだけの額なのだ。



【後書き】

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