第30話 餞別
決闘の翌日。ヘイザ達が借りている宿屋にサミュエルがやって来た。
サミュエルは持ってきた金貨袋をテーブルに置きながら口を開く。
「というわけでヴァルゴ様は今後クェリスと、あとエルフの里にもちょっかいをかけたりしない。……あとこれはヴァルゴ様からの慰謝料ということで金貨百枚が入ってる。受け取ってくれ」
「分かりました。私たちも余り大事にはしたくありませんし、これで手打ちとします」
クェリスとしては本当は自らの手でヴァルゴに平手打ちでもしたい気分だったが、一級冒険者でこの街の英雄であろうヴァルゴ相手にそこまでしても得はないので我慢した。
そんなクェリスを見てサミュエルはほっと胸を撫で下ろす。
(本当は慰謝料じゃなくて、もっとあれな表現だったんだが、この様子じゃ俺の判断で”慰謝料”ってことにして正解だったぜ)
英断であった。もしサミュエルがヴァルゴが言った通りの表現のまま金貨を渡していたら、クェリスはそのままヴァルゴに止めを刺すべく突撃していた事だろう。
「約束は守るんだろうな?」
「ヴァルゴ様も一級冒険者さ。決闘で決まった事を覆すほど恥知らずな真似はしないよ」
疑うようなジャックの念押しにサミュエルは断定するように言った。
「あ。でもクェリスが許してくれるなら、手紙のやり取りからでって言ってたが、どうだい?」
「嫌です」
「だよなー」
間髪入れない拒絶にサミュエルは苦笑すると、最後に一礼して立ち去っていく。
「ヴァルゴ・ハルファスには過ぎた家臣でござるな」
ヘイザの何気ない呟きにその場にいた全員が同意した。
その頃、病院の病室ではヴァルゴが物憂げに窓の外を見つめていた。
視線はクェリスが泊っているらしい宿屋の方向へ真っ直ぐ向けられている。
「今頃、クェリスとあの冒険者たちは、私の愛の餞別を受け取って街を出ている頃か」
「…………はぁ」
この期に及んで慰謝料を『愛の餞別』と表現する神経に、ロレッタは呆れた目を向ける。ロレッタにとってのヴァルゴは恩人で敬愛する主人だったが、今回の一件に関してはまったく擁護の余地がなかった。
「だが勿体なかったな」
「なにがですか?」
初手拉致監禁というアホな選択肢をとったことがですか、とはロレッタは言わなかった。武士の情けである。
「ヘイザ・アッシュブレードを引っ張り出せなかったことだよ。あの男とも戦ってみたかったのだがな。私としたことがジャックという男のあまりの狂いっぷりに押し切られてしまった。私もまだまだ修練が足りん。一級冒険者という地位に浮かれることなく、緩んだネジを締め直してきっちり鍛え直さねばな」
「それほどの強さの気配を感じ取ったのですか?」
「いや……気のせいかもしれないが、あの男とどこかで会ったような気がしてな。それを確かめたかったのだ」
ヴァルゴはもう一度、ヘイザ・アッシュブレードの姿を思い出す。
ヘイザの顔に見覚えはなかった。それは間違いない。しかしその出で立ちや雰囲気に、何故か強烈なデジャブを感じるのだ。
「顔に見覚えがないのに、会ったことがある、か。……ふっ、まさかな」
一瞬浮かんだ考えを首を振って有り得ないと却下すると、ヴァルゴは体をベッドに投げ出す。
まだ傷の癒えきっていないヴァルゴは、そのまま目を瞑り寝入ってしまった。
「――――――」
故に幸いにして、病室の外でヴァルゴの様子を伺う第三者の存在に気付くことはなかった。
無事にクェリスを里長のもとへ送り届けたヘイザ達は、約束の報酬を受け取った。決闘での賭博収入も合わせて一気にヘイザの懐が温かくなった。
「ご苦労じゃったなヘイザ、ジャック、キクコ。わしがもうちょっと若ければ自分で助けに行ったのじゃが、老いというのは残酷なものよ」
「またなんかあったら依頼してくれでござる! 金さえ払えば、引き受けるでござるよ!」
「覚えておこう」
こうして里長とクェリスと別れたヘイザ達は、久しぶりにホームのあるアダムズ市へと帰還した。そしてヘイザがアダムズ市に戻って来たなら、やる事はもう決まっていた。即ち女遊びである。
「では拙者はこれから十日間緋桜のところへ通うから、その間は各々好きにやってくれでござる!」
「へいへい。じゃあ俺はベスカトーレさんのところでバイトと、9級~7級の依頼をこなして」
「私はジャックさんのクエストについていったり、舞台のタダ見をしたりします」
ここまで付き合ってきてジャックとキクコも、ヘイザへの対応に慣れてきたのだろう。あっさりとヘイザの発言を流して、自分の予定を組み上げる。
だがクェリスにしつこく求婚していたヴァルゴの事を思い出したジャックは、ふとした疑問をヘイザにぶつけてみることにした。
「でもご主人もそんな緋桜さんって人のこと好きなら、あのヴァルゴみたいなことは論外にしても、求婚の一つでもしたらどうです?」
「結婚したら娼館で遊んだり、ナンパしたりできなくなるではござらんか」
そうしたら返ってきたのはちゃらんぽらんなヘイザに似つかわしくない、真っ当な答えだった。これにはジャックも驚きを露わにする。
「え……? 結婚したら行かないんですか?」
ヘイザの事なのでジャックは、てっきりもしも身を固めても、賭博に女遊びは絶対に止めないだろうと思っていた。しかしジャックの発言に、ヘイザはまるでゴミを見るような目をする。
「お主は馬鹿か。結婚してそういう店へ行ったら浮気でござろうが」
「え、でもナンパならともかく娼館はただの店だし……」
「お主は馬鹿か。店でやるのは浮気にあたらずノーカウントとか、そういう理屈は拙者はどうかと思うでござるよ」
「そうですよジャックさん。不倫はいけないけど、娼館はノーカウントとか、男の理屈ですからね」
ヘイザのみならず、キクコまでもがジャックの説教に参加する。
二人の軽蔑した視線を受けジャックは必死に「いや俺の話じゃなくて、ご主人はそうなんじゃないかなぁって思ってただけで」と弁解する。しかし、
「……ジャック。まさか結婚を約束した相手がいるというのに、娼館で遊びまわっているわけではあるまいな?」
ヘイザがそう言った瞬間、ジャックの中で何かがキレた。
人には、決して触れてはいけない部分がある。ヘイザはそれに触れたのだ。
「俺は童貞だよぉぉおおおおおおお!」
「すまん」
ジャックの魂の叫びに、ヘイザは軽蔑を引っ込めて平謝りした。
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