第29話 狂戦士
懐刀であるサミュエルの嘆きも知らず、ヴァルゴは意気揚々とリングに上がった。いっちょ惚れた女に自分のカッコいいところを見せてやる、という意気込みがヴァルゴの全身から闘気を漲らせる。
「さあ勝負といこうか、ジャック……だったな? 奴隷だが侮りはせんぞ。なにせ私の奴隷たちも実力でいえば三級二級相当の実力者揃いだからな」
貴族で一級冒険者のヴァルゴだったが、奴隷のジャック相手にも見下すことなく接する。好きな女性への態度が最低最悪なだけで、ヴァルゴは礼を知る人間だった。これで普段のジャックだったら、これに多少ヴァルゴへの認識を改めて、挨拶を返しでもしただろう。だが既にジャックは『入っ』ていた。
「うるせぇよファウスト……! この糞オヤジが! 魔法が使えねえ奴は人間じゃねえってか!?」
「は? いや何を言っているんだお前は? 私はお前の父親などではないし、そもそも子供なんておらんぞ」
当然の疑問を返すが、もうジャックの目にはヴァルゴは父親であるファウスト・バルザードに映っていた。
「更にはエルフの女の子を拉致監禁してテメエの嫁にするだぁ? 許せねえ! テメエは俺だけじゃなくて母さんまで裏切ったんだ!!」
「ま、待て待て! だからなんの話だ! 何を言っているんだお前は!?」
ジャックは相手を父ファウストと思い込むことで、怒りと殺意から戦闘力を上昇させる。そんなとんでもない特殊技能の事など知らないヴァルゴは、いきなり父親認定されたことに困惑しきっていた。
「おい審判、始めろ。この糞オヤジを、今直ぐタコ殴りにしてやらなきゃ気が済まねえ……!」
「え、えーと……」
審判はチラリと主催者であるヴァルゴへ確認をとろうとするが、
「早くしろ!!」
「はいぃいいい! では試合開始!」
ジャックの圧に押されるがまま試合開始の合図をしてしまった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
瞬間、殺意を滾らせながら突進したジャックの右ストレートがヴァルゴの顔面に炸裂した。
「ぶごらぁ!?」
ジャックの狂った言動に困惑していたヴァルゴは反応が遅れ、回避も防御もできずに無様な声をあげながら吹っ飛ばされる。
いきなり地元のヒーローが顔面パンチを喰らい吹っ飛んだことに観客達が悲鳴をあげた。しかし殺意の化身となったジャックはそんなことお構いなしに止めを刺すべく吹っ飛ばされたヴァルゴへ更なる追撃をかけるべく走った。
「私としたことが、奴の妙なプレッシャーに圧倒された!」
しかしヴァルゴもまた一級冒険者。
ジャックの意味不明な言動のせいで不意打ちを喰らったが、即座に立て直すと、
「だがもう惑わされんぞ。とにかく貴様の発言は一旦無視する。黒魔法拳法”縛拳”!」
ヴァルゴの足元から黒い無数の影が触手のように延びてジャックへ絡みつく。ジャックが拘束を外そうともがいたところへ、お返しとばかりにヴァルゴの右ストレートが顔面に炸裂した。
「へ、へへ……らしくねえじゃねえかファウスト。拳なんて野蛮って言ってるテメエが、なに殴りかかってきてんだよ……」
常人なら一撃喰らえば昏倒は免れないそれを受けて、ジャックは逆にニタリと歯を見せ獰猛な笑みを浮かべた。
「こいつ……ええぃ、とどめだ!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおお!」
ヴァルゴが踵落としを喰らわせようとした瞬間、ジャックが強引に拘束を引きちぎった。しかし拘束を引きちぎるのを優先した結果、踵落としを防げず脳天に直撃する。
全力の右ストレートに、殺さぬよう九割程度に威力を抑えたとはいえ踵落としを脳天に喰らったのだ。ヴァルゴも流石に終わったと判断し気を緩めた、その時だった。
「つか、まえたぜぇ」
「なっ!? 貴様、まだ!」
ジャックが自分の脳天に一撃喰らわせたヴァルゴの足首を、万力のような力を込めて握りしめる。ヴァルゴがすかさず黒魔法を発動しようとするが、ジャックの行動はそれよりも早かった。足首を掴んでいる右手はそのままに、左腕を膝に回してロックすると、そのまま思いっきり足首を持ち上げたのだ。
ゴキッという骨の折れる鈍い音が響いた。
「――――ッ! きさ、まッ!」
流石はヴァルゴも一級冒険者。脚の骨を折られた程度では悲鳴などあげはしない。痛みを気力で捻じ伏せながら黒魔法の呪詛を飛ばす。
「クルキアートゥス」
それは黒魔法に属する拷問魔法の中でも、上級拷問魔法と呼ばれるものだった。最悪ショック死する最上級拷問魔法と違い、死ぬほどの苦痛を与えるだけで死なせはしないため、拷問という本来の用途以外に敵を殺さず制圧する時などにも多用される。
だが相手を殺さないようにしているヴァルゴの高潔さが、彼の運命を分けた。
ヴァルゴが知るはずもない。ジャックが父や兄弟姉妹から日常的に虐待を受けており、上級拷問魔法どころか最上級拷問魔法ですら日常的に面白がって喰らっていたことを。それ故に、
「こんな、ものがぁああああああああ! 効くかぁあああああああ!」
本来なら一流のスパイが専門的な指導で身に着ける拷問への耐性を、ジャックは自然と身に着けていた。
「な、なに!?」
ヴァルゴが慌てて更なる魔法を使おうとするが、もう遅い。ジャックの右ストレートがヴァルゴの顎に綺麗に決まっていた。
しかし今度はそれで終わらない。顎の次は眉間、次は顔面、次は腹、次は脇腹と拳のラッシュをヴァルゴへ叩き込んでいく。
「ウラララララララララララ! ウラァ!!」
「ぼひゃらぁぱぁ!?」
断末魔の叫びをあげながらヴァルゴが吹き飛んでいく。
観客が悲鳴を上げる中、ポップコーン片手に観戦していたヘイザが喜び叫んだ。
「よっしゃああああああああ! 確実に入ったでござるぅぅううううううう! これで働かずポップコーン食べながら緋桜十日分+里長の依頼料でうっはうはでござるよ!」
「現金ですねぇ」
そんなヘイザに呆れながらキクコがコメントする。しかし、
「いや――――まだだッ!」
驚くべきことにあれだけの拳のラッシュを浴びて、右足はへし折られているというのに、ヴァルゴは立ち上がった。
途轍もないタフさである。これには観客もスタンディングオベーションで、審判も公平さをかなぐり捨てて「立ったァ! ヴァルゴ・ハルファスは不死身だぁああああああああ!」などと叫び実況に転職していた。
「あれ? ファウストじゃない? あ、そっか。俺ってヴァルゴと決闘してるんだったっけ」
そんなガッツ溢れるファウストが、余りにも父とかけ離れていたせいで、ジャックにかかっていたセルフ狂化も解除されてしまう。
とはいえヴァルゴは既に満身創痍だ。幾らジャックの狂化が解除されたとはいえ、ここから逆転できるものではない。
だがそれを覆してこその一級冒険者だ。
ヴァルゴはニヒルに笑うと、観客席のクェリスに視線を送る。
「クェリスぅううううう! 私に元気をくれ! 愛するお前の声援さえあれば、私は何度でも立ち上がれる!」
瀕死のダメージを負いながらも立ち上がり、愛する者の声援を求める姿は正に主人公の風格だった。そんなヴァルゴへのクェリスの答えは、
「嫌です。そのまま負けて、できれば二度と私の前に現れないでください」
「ぐはっ!」
ヴァルゴは主人公になれなかった。冷たく拒絶されたヴァルゴは血反吐を吐くと、そのまま力尽きて倒れてしまう。
肉体の限界を気力で捻じ伏せていたので、その気力が玉砕すればこうなるのは当然である。
「い……色んなものに決着ぅぅぅうううううううう! ヴァルゴ完敗! 勝者はまさかの……奴隷拳士ジャックだぁああああああああああああああ!」
「やべえ! 肉体と精神のダメージで息してねえぞ!」
「死なないでヴァルゴ様ぁぁああああああああ!」
審判が試合終了を告げると、ヴァルゴの仲間のサミュエルとロレッタが駆け込んでくる。
その様子を見ながらジャックもその場にへたり込んだ。ヴァルゴよりダメージは少なかったが、それでも重症なことに変わりはなかった。
「まさか一級冒険者に勝っちゃうなんて、凄いですねジャックさん! あ、治癒魔法かけるんで座ってください」
「ありがとうキクコちゃん。でも我に戻ったら勝ってたって感じだから、実感がないんだよなぁ」
「実感はなくともお主の勝利は現金が証明してくれる。緋桜十日分でござるよ!」
「現金だけじゃなくて私も証人よ。かっこ良かったわ、とっても」
そう声をかけてきたのはジャックが決闘に勝利したことで、晴れて自由の身となったクェリスだった。頬をほんのり赤くして微笑むクェリスに、ジャックもまたドクンと胸が高鳴った。
「あ、どうもっす」
そう無愛想に返事しながら内心では、
(やべ。この人って近くで見ると滅茶苦茶可愛い)
という事を考えてしまっていた。そんなジャックの内心を察してか、キクコと一緒に白魔法をかけて体を癒しながら、
「またエルフの里に来る機会があったら、是非うちに来てね。美味しいものをご馳走するわ」
満面の笑顔で言った。
「う……うす!」
ジャックは気恥ずかしさで視線を外しながら頷く。
それは新しい恋が芽生える初々しいやり取りではあったが、薄れゆく意識の中でそれを聞いていた敗北者には止めの一撃となった。
「ぐ、ぐほあぁ!」
「うわああああああああ! 吹き返した息がまた止まったぁぁあああ!」
「これはBSS症候群だ! クェリスから離すんだ、致命傷にならないうちに!!」
担架で運ばれていくヴァルゴ。
兎にも角にもこれにて決闘はヘイザと愉快な仲間たちの勝利で終わった。
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