第26話 無碍に出来ない頼み
ヘイザはラティーファをナンパする時に行った高位冒険者以外お断りの酒場にいた。今日はナンパ目的ではなく、人と会う約束があるのだ。
「こうしてお主と飲むのは久しぶりでござるな」
無言で先に飲んでいたヘイザの隣に座ったエルフの老人に言う。
エルフの老人、ムーンはバーのマスターに無言で置かれたお冷を飲みながら懐かしむように応じた。
「わしも人間の領域に入るなど、久しぶりじゃよ」
ヘイザはジャックやキクコに、ムーンは村民達には話していないが、二人は過去に少なからず交友があった。ヘイザが態々この店をセッティングしたのも、冒険者ギルドを通してムーンからの手紙が届いたからである。
「で、まさか旧交を温めにわざわざ来たというわけでもないでござろう。なにか話があってきたのではないか?」
「わしの里にクェリスという者がおったじゃろう。まだ若いが、経験を積ませた後は、わしの後を継いで里長にと思っておる有望なエルフじゃ」
以前エルフの里へ赴いた時に、ヘイザ達に刀を向けていた小柄なエルフ。確か彼女の名前がクェリスだったはずだ。
「そのクェリスがどうしたのでござる?」
「捕まった」
「……誰にだ?」
ムーンが期待をかけるだけあって、クェリスの立ち振る舞いは中々立派で確かな実力を感じた。そう易々と捕まる女ではない。
「クェリスを捕まえたのは、ある冒険者じゃ。その冒険者の目的は――――クェリスを妻に迎えることじゃ」
「はぁ!?」
まったく予想もしなかった発言に、ヘイザは素っ頓狂な声をあげてしまった。
「初めから話そう。まずその男は以前お主らの後をつけて街に入ったクェリスを見て一目惚れしたそうじゃ。その後、クェリスのいる里の場所を調べ上げ、クェリスに求婚しおった。結果は玉砕であったがのう。そしたら何を思ったかそやつ『なら君に愛されるまで側にいよう』などと言い出し、クェリスを強引に攫って行ったのじゃ」
「まんまと連れ去られたのか!?」
「ああ、不甲斐ないことだが奴は強かった。冒険者としての等級は事実上の最高位である一級。更には本国貴族の三男坊だとかで、正当な手段で返せと言っても握りつぶされてしまう。だからお主に頼んだのじゃ」
「天はその者に実力と地位の二物を与えたが、人格までは与えなかったようでござるな」
ヘイザは深く溜息をつく。
一級冒険者ということは実力が最高峰なのは勿論、人格も高潔であると認められているはずだが、このような暴挙を犯すとは、冒険者ギルドも帝国貴族の三男坊ということで評価に忖度でもしていたのだろうか。それともこのような暴挙を犯したのはこれが初めてで、普段は真っ当な人間なのか。
可能性は五分五分だろう。色恋が絡むとおかしくなるのは、古今東西よくあることだ。
「やってくれるか? 報酬は弾むぞ?」
「……ふむ。クェリスを取り戻せばいいのだな。分かったでござる」
面倒な頼みだがムーンには以前に借りがあったので、引き受ける事にした。
件の一級冒険者の屋敷があるというのは、アダムズ市より西部にあるマディソン市だった。マディソン市はアダムズ市より幾分か栄えているようで、ジャックやキクコは物珍しそうにキョロキョロとしている。
「で、ご主人。クェリスさんを攫った野郎の名前はなんて言うんです?」
「ヴァルゴ・ハルファス。ハルファス伯爵家の三男坊で冒険者。書類上はソロでござるな」
「書類上ってどういうことっすか?」
「ジャックと同じでござるよ。ヴァルゴ・ハルファスは複数の奴隷に、冒険者としての仕事を手伝わせているんでござる」
「な、成程。つまりは魔獣使いならぬ奴隷使い……」
比較的安価で購入できたジャックは幸運故の例外で、高位冒険者として戦える奴隷はとんでもない高級品だ。それを複数購入してパーティーとして運用できるのは貴族のボンボンならではだろう。
「でもお貴族様って凄いですねぇ。三男坊でもそんなに裕福だなんて。私の生前の知り合いのお武家様の三男坊なんて、誰も彼も貧乏にひーひー言ってたのに」
「ヴァルゴ・ハルファスのハルファス伯爵家というのは、譜代貴族であることに加えて聖七十二名家の生き残りでござるからな」
「いや譜代とか聖七十二名家とか言われても私たち分かりませんよ。ねえジャックさん?」
「え、いや俺は糞オヤジの家でそのあたりの話を聞いたことあるからちょっとは分かるぜ」
「ジャックさんの裏切り者ぉ!」
一人だけ無知であることが判明したキクコが涙目で叫んだ。
仕方ないのでヘイザが端的に説明する。
「帝国本土ことソロモン大陸が元々はバエル王国、アスモデウス王国、ベリアル王国の三国に分かれていたのは知ってるでござるか?」
「知りません」
「…………そうか」
本当に何も知らないキクコにヘイザはガクッと肩を落とした。
「数百年前、バエル王国で国王と王太子が反乱軍に暗殺される事件が起きてな。それを切っ掛けに王国が分裂する内乱が起きたのだが、その内乱に勝利して国を再び統一したのが帝国の太祖女帝ことアナリーゼ・アガレスでござる。その再統一戦争で最初から味方として臣従した貴族が譜代貴族、元は敵だったり臣従が遅かったのを外様貴族と呼ぶようになったんでござるよ」
「ふーん、じゃあ聖七十二名家っていうのはなんですか?」
「ソロモン大陸で三王家の歴史が始まった当時から存在した王家を含めた七十二の名家のことでござる。戦で滅亡したり、取り潰されたりして殆どはお家断絶となっているでござるがな。ちなみに現皇室のアガレス家や、件のヴァルゴ・ハルファスのハルファス家も七十二名家の一つでござるよ」
「ということはそのヴァルゴ・ハルファスって、とんでもないVIPなんじゃ?」
「だから、そういう話をしているんでござるよ」
貴族相手というのは知っていたが、そこまで歴史のある相手とは思っていなかったのだろう。キクコが呆然とする。
だがそれでも折れないのがキクコのいいところだ。囚われのクェリスの事を思って精神を回復させると口を開く。
「と、ともかく! 相手がお貴族様だろうとなんだろうと、まずは家を訪ねて、クェリスさんを返してって言いに行きましょう! 他の方法はそれからで!」
「まあ駄目元でもやることはやっとかないとな」
キクコの提案にジャックも頷く。
こうして一行はヴァルゴ・ハルファスの家がある住所に向かっていった。
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