第25話 need to know
ヘイザ達が去った後の屋敷で、ジュエルマインは酒を瓶のまま乱暴に飲みきると、空になったそれを思いっきり壁に叩きつける。その拍子に砕けた破片が高価な調度品を傷つけたが、ジュエルマインは気にせず怒鳴った。
「おのれヘイザ・アッシュブレード……! ならず者まがいの冒険者が! どう復讐してやろうか!」
なるべく惨たらしくヘイザを殺す方法を幾つも想像するが、ジュエルマインの怒りは消えない。この鬱憤は実際に想像を実行することでしか晴らされることはないだろう。
「ガルム!」
「あいよ」
ジュエルマインが名を呼んだのは、自身の懐刀で数々の汚れ仕事を任せてきた狼の獣人のガルムだった。ルシア・グランドールの屋敷から家宝の鎧を盗み出してきたのもガルムである。
タイミングの悪い事にヘイザ達が屋敷で乱暴狼藉を働いた時は、ジュエルマインに任せられた仕事のため留守だったが、既にそれを終えて戻って来たところだった。
「聞いていた通りだ! このわしに屈辱を味わわせたヘイザ・アッシュブレードに復讐してやる! お前は――――」
「……復讐するのはいいが、まさか直接殺せとかは言わねえよな?」
「言うに決まっているだろうが! 奴がこのわしに何をしたかもう一度説明してやろうか!? それとも自信がないとでもいうつもりか!?」
「ジュエルマインの旦那。俺の特技は斥候、奇襲、暗殺だ。正面きっての殺し合いじゃ冒険者でいや四級程度。とても敵わねえよ」
「そんなこと言われんでも知っておるわ! だから得意の暗殺をしろと言っているんだ!」
事実これまでジュエルマインにとって邪魔な者を何度も秘密裏に暗殺してきた。その中には実力のある三級冒険者も含まれている。
「冒険者なんぞいつ野垂れ死んでもおかしくない浪人だ! 街の外で殺して、適当な魔物に不意を突かれたように偽装すればいいだろう!」
冒険者も二級以上になると相応の立場があるため、下手に殺せば露見される恐れが高い。だがヘイザ・アッシュブレードは普段の素行もあって、いきなり死体で発見されたとしても特に不審がられないだろう。
「だから無理だよ。あのヘイザ・アッシュブレードって男、隙だらけに見えて隙がねえ。暗殺なんてしても気付かれて返り討ちに遭うだけだ」
「その言いよう、まさか面識があるのか?」
「旦那に拾われる前、ちょっとな。というわけで絶対に失敗する仕事は、どれだけ金積まれても引き受けられねえ。復讐なら他の方法にしてくれ」
「むむむ……」
成金のジュエルマインだが無能ではない。そもそも無能だったら成り上がることなんて出来ない。懐刀の忠言を聞き入れる度量はあった。
「ふんっ。まあいいさ、金はあるのだ。殺すだけが復讐ではない。ではガルム。ヘイザ・アッシュブレードの経歴や弱みや弱点を探してこい」
「それくらいならお安い御用ですよ、旦那」
ジュエルマインの命を受けたガルムは、アダムズ市に出発した。
そうしてアダムズ市でヘイザ・アッシュブレードについて調べて回っていたガルムは、その過程で途轍もない秘密を掴んでしまった。
一介の冒険者の秘密なんて精々が依頼成果の水増しだの、その程度だと思っていたら瓢箪から駒だった。
ガルムはだらだらと冷や汗を流す。
重大な秘密であることは間違いないし、弱味ではあるだろう。だがこれを暴露してヘイザ・アッシュブレードが破滅するかと問われれば疑わしいし、なによりヘイザの敵だったジュエルマインは絶対に碌なことにならない。
「お…おいおい冗談だろ……? 荒唐無稽な仮説だが、そうだとすりゃ納得もできる! これが明らかになれば、大陸がまたひっくりかえ――――」
その時だった。無音で背後から近づいてきた何者かが、ガルムを斬りつけた。
「がっはっ! て、めえ……何者だ?」
「ガルム……お前は知り過ぎた……」
声を変えているのかくぐもった声が響く。
ガルムを斬りつけた男はフードですっぽりと全身を覆い、男か女かも判別がつかない。
「だがお前の能力には見所がある。ジュエルマインを捨てて、私の下につけ。そうすれば生かしておいてやる」
それは死の淵にあるガルムの前に垂れてきた蜘蛛の糸だった。これを掴まなければガルムは確実にここで殺されるだろう。
「断る! あの人は人間の屑の外道だが、そんな外道でも俺の命の恩人なんだよ!」
だがそうと分かっていてガルムはそれを振り払った。
「優秀な社畜だ。では死ね」
フードの男は返答を聞いた瞬間、即座にガルムへ止めを刺す。冒険者なんて野垂れ死にしたところで誰も気にしない。それはジュエルマインの懐刀だったガルムにだって当て嵌まる。このまま死体が放置されていても、誰も調べようとはしないだろう。雇い主であるジュエルマインを除けば、だが。
「さて、もう一つの仕事を片付けるか」
そのままフードの男は姿を消した。
ガルムの死体を発見した通行人が悲鳴をあげるのは、それから三十分後のことだった。
一週間後、ジュエルマインの屋敷にゼウス州から送られてきた保安官達が突入してきた。狼狽するジュエルマインに対して保安官達は逮捕状を見せると一方的に宣言する。
「ジュエルマイン! 貴様には窃盗、恐喝、詐欺、収賄、密輸、殺人教唆など十以上の罪で逮捕状が出ている! 神妙にしろ!」
「な、なに!? お、おい、お前たちなんとかしろ!」
ジュエルマインは慌てて衛兵に命じるが、保安官達の隊長が睨めつけるとビクッと肩を震わせ、無抵抗を示すように武器を捨てた。
衛兵達はジュエルマインに金で雇われただけの者達である。保安官に逆らって自分達まで犯罪者になるつもりはなかった。
保安官のうち数人がジュエルマインを拘束すると、他の者達は屋敷の中にあるものを押収するために散らばっていった。
「何故だ……方々に鼻薬を嗅がせてきて……証拠など残していなかったはずなのに……まさか連絡がとれないガルムがわしを……」
「連れていけ」
隊長が命じるとジュエルマインは乱暴に荷台に乗せられ連行されていく。
ジュエルマインが縛り首になり全財産が没収されるのはその一月後の事だった。
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