第23話 英雄の遺産
ヘイザの課した実験を完遂してみせたルシアに、ジャックが感嘆しながら言う。
「こう言っちゃ悪いけど、まさか本当に足音だけで個人を特定できるとは。疑ってすんませんでした」
「分かっていただければいいのです。ところで一つ聞いても宜しいでしょうか?」
「なんでござるか?」
「キクコさんはどうしてまったく足音がしないのですか? 足音を消しているとかじゃなくて、本当にまったく音がないように聞こえるのですけど」
「え、えーと、それはですね……」
ギクッという擬音が聞こえそうなほど動揺しながらキクコがしどろもどろになる。そんなキクコにヘイザが落ち着いた口調で助け舟を出した。
「彼女の故国の極東大和に伝わる呪符の効果でな。自身のたてる物音を消す力があるのでござる」
「そうなんですよ、あはは。私、斥候をやることも多いんで」
「はぁ、そうだったんですか。足音どころか呼吸音すら消すなんて凄い呪符があるんですね」
新大陸の宗主国たる帝国は兎も角、極東大和について詳しく知らないであろうルシアはあっさりと納得する。
だが三人は足音どころか呼吸音まで判別していたルシアの聴覚の凄まじさに改めて戦慄していた。
「ところでルシア殿。祖父の遺品とは一体なんなんでござるか?」
「グランドール伯爵家に代々伝わる家宝の鎧です。初代グランドール伯もこの鎧を纏って、多くの武勲をあげたと伝わっています」
ジョッシュ・グランドールの肖像画の隣には一際大きい初代グランドール伯バルドゥスの肖像画もあった。帝国の太祖女帝が決起するや逸早く臣従したことでグランドール伯爵家は譜代となり現代までの繁栄があるのである。
「え!? ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
だがここで待ったをかけたのはジャックだった。
「どうしました、ジャックさん?」
「伯爵家ってどういうことっすか!? ジョッシュ・グランドールって帝国と戦った七雄の一人じゃなかったんですか!?」
「祖父はとても正義に篤い情熱的な人でしたから。帝国の横暴と圧制とが許せなかったんです」
帝国の譜代貴族となれば、皇帝に逆らいさえしなければ一生の富貴を約束されたような家系だ。だというのに敢えて新大陸の冒険者と共に独立を掲げた反乱軍に身を投じるなど並大抵の覚悟ではなかっただろう。
ジャックは肖像画のジョッシュ・グランドールを見つめながら感嘆した。
「けど反乱軍に加わっておいて、よくお家取り潰しにならずに済んだでござるな」
ヘイザが当然の疑問をぶつけると、ルシアは顔を曇らせる。
「……全ての咎は、ハルノ・クリアスカバードが背負ってくれましたから。いえ背負わせてしまった、というほうが正しいんでしょうね」
「背負わせてしまった?」
「…………はい。五年前の独立戦争で、帝国は新大陸に自治権を与える代価として、独立戦争の旗頭だったハルノ・クリアスカバードの公開処刑を要求したんです。ハルノ・クリアスカバードは帝国のこの要求を受け入れ、自らの意思で一人処刑台へ登りました」
帝国は約定をしっかりと守り、新大陸は独立こそ叶わなかったものの、ある程度の自治権が認められていて、ハルノ・クリアスカバード以外の反乱参加者は生き残りの七雄を含めた幹部に至るまで全ての罪を恩赦された。
反乱に参加するなんて最悪一族皆殺し、良くてお家取り潰しの上で島流しが相応の大罪を犯したグランドール伯爵家が、爵位を失わずに存続を許されているのもそれ故であった。
もっとも反乱参加時に没収した領地まで返還してやるほど帝国も甘くはないので、グランドール伯爵家は今や爵位だけの名ばかり貴族。現当主であるルシアが婿養子をとらなければ、断絶ということになるだろう。
「私、歴史とかあんまり詳しくないんですけど、今があるのって昔の色んな人の頑張りがあったからなんですね」
「……昔の人?」
ジャックはキクコの発言に思わずツッコミを入れてしまった。幽霊であるキクコの方が、五年前の英雄たちよりも昔の人間だろう。少なくとも生きていた当時は。
「うおっほん! 昔話はそこまでにして仕事の話に移るでござるよ」
わざとらしく咳払いして、ヘイザが脱線しかかった話題を軌道修正する。
「あ、ところでご主人は黒幕のジュエルマインって奴と会ったことがあるんですよね」
「ああ。まだジャックを奴隷市で買う前に、決闘代理人の依頼を受けた時にな」
「どんな奴だったんですか?」
「詐欺師の悪徳成金。それくらいしか知らんでござる。ただまあ悪知恵は働く男でござったよ」
裁判で争えば敗北確定なところを口八丁手八丁で騙して決闘裁判に持ち込んだ上で、自分は代理人として二級冒険者を雇う。詐欺師として実に見事な手際で、冒険者パーティーを追放されたヘイザが仕方なく六級相当の依頼料で代理人を引き受けるなんてイレギュラーがなければ、ジュエルマインの総取りだっただろう。
「やっぱり目的はお金ですか?」
「いいえ、きっとあの男は私と結婚して貴族になりたいのです」
「け、けっこん!?」
ジャックとキクコが揃って噴き出してしまった。
目の前のルシアは可憐な美少女である。そう、美少女だ。美女ではない。年齢は高く見積もって十三程度。良い大人がプロポーズしようものなら、即座にロリコン扱いは免れない。
「正義の人だった祖父は独立戦争に惜しげもなく私財を投入しましたから。領地も戻ってきませんでしたので、今やグランドール伯爵家の財産は微々たるもの。この家と使用人が数名残るばかりです」
「だが伯爵という地位と、英雄の孫娘という名声はある。対して成金のジュエルマインには地位と名声がない。なるほど組み合わせとしては悪くない。双方の欠点を補い合う縁談と言えなくもないでござるな」
ヘイザはジャックやキクコのように庶民的視線ではなく、どちらかというと貴族的視線からジュエルマインの行動に理解を示した。
「私は伯爵家の復興だとか、そういうことに興味はありません。家族の思い出が残る家で、使用人の方々と慎ましく暮らしていければそれでいいのです。なので丁重にお断りしたら……」
『なにが貴族だ、なにが英雄の孫だ! 生まれながらに恵まれた小娘が成り上がりの成金と見下しおって! 絶対に後悔させてやるからな! お前のほうから、結婚させて下さいと言わせてやるぞ! 覚えておれ!』
「と、仰って出ていかれました」
成金故の強烈なコンプレックスと、生まれながらの貴種への劣等感、成り上がりの苦労を感じさせる捨て台詞であった。
「屋敷にジュエルマインの側近が侵入してきたのは、次の日のことでした」
ジャックはぎゅっと拳を握り締めた。
ジュエルマイン側にも彼なりの事情があるのかもしれない。だがそれは家族の思い出の家で静かに暮らしたいと願う少女に、無理やりの結婚を強いて、あまつさえ家宝を盗み出していい理由になりはしない。
「話は、分かったぜ。ルシアさん。俺たちでそのジュエルマインって奴をぶっ飛ばして、お爺さんの遺品を取り戻してやる! なあご主人!」
「え? やだでござるよ? ジャックったら野蛮人~」
ジャックはずっこけた。
「ヘイさん、何故ですか!」
「いや盗んだって証拠もなく殴りに行って、もし盗品の鎧が見つかればいいが、見つからなかったら拙者たち単なる強盗でござるよ。冒険者ランク三級から賞金首に逆ワープ進化でござるよ。割に合わん」
「ならどうするんですか!?」
「それは――――」
ヘイザの提案というのは、驚くべきものだった。
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