第21話 この街一番の女
前回の依頼で色々と仕入れた物が多かったため、装備の補充のためにヘイザは行きつけの道具屋にきていた。
「バルガス。金貨一枚でいつもの道具セットを頼むでござる」
「はいはい各種ポーションにエトセトラエトセトラざんすね」
馴染みの店なのでヘイザが要求すると、テキパキといつものセットを袋に詰めていく店主。常連客だと煩わしいやり取りをスキップできるから、余所へ遠出でもしない限り、新規開拓の足が遠のいてしまう。
開店したばかりの道具屋や武器屋に碌な客が集まらず閉店に追い込まれる理由の一つだ。
「そういえばヘイさん。ヘイさんが買ったジャックって奴隷ざんすが、ステゴロでオークの群れを平然と撲殺する腕利きって有名になってるざんすよ」
「ほう、これは将来の転売計画は順調そうでござるなぁ。ジャックはこの前、エルフの弓兵や魔法使いに囲まれながら無傷で切り抜けたというエピソードを加えておいてくれ」
嘘は言っていない。
「ステゴロだけで三級冒険者並みの戦闘力を、売るのは勿体ない気もするざんすがね。まあヘイさんの奴隷なんだし好きにすればいいざんす」
「そういや最近、この街に変わったこととかないでござるか? 拙者は暫く仕事で離れていたでござるからな」
「変わったことといっても、アダムズ市にいる一級冒険者が遠征して山に潜んでいたドラゴンを一人で討伐してきたって話くらいざんすね」
「ほほう、ドラゴンとはな」
ドラゴンは新大陸の魔物たちの中でも最強クラスの存在だ。基本的に三級以上のパーティーが装備と戦力を整えて討伐する強敵である。
これを単独で撃破するのは英雄の入り口と呼ばれ、過去には英雄ハルノやその七雄は全員がソロでドラゴンを討伐できる猛者ばかりだったという。
「アダムズ市に生まれた新しい英雄に乾杯! ……というようなセリフが、一週間前は酒場のあちこちで聞こえてたざんすよ」
「くっ! 勿体ない事をした! タダ酒をたかるチャンスが!」
「ヘイさんは相変わらずざんすねえ」
「ところでソロで討伐したということは、アダムズ市にいる一級冒険者はパーティーを作っていないのか?」
「そうざんすよ。聞くところによるととにかく冒険が大好きで大好きでたまらんという女性だそうで、一人で自由にやるためにもパーティーの勧誘も、帝国への仕官話も全部拒否しているらしいざんす」
ジョンソンが以前言っていた。冒険者でソロで大成できるのは、近接戦闘も魔法も他の必須スキルも、なんでも一人でできる万能タイプだけだと。それで一級冒険者までなれたということは器用万能タイプなのだろう。だがそんなことよりヘイザには気になることがあった。
「女性? 一級冒険者は女性なのか!?」
「え、ええ。ラティーファって名前だったざんすね。前にチラッと見ただけざんすが、実に我儘なボディをしていたざんす」
「我儘ボディとな! 配偶者は!? もしくは彼氏はいるか!?」
「いないはずざんすよ。一級冒険者に恋人ができてれば、ニュースになってるはずざんすからね」
我儘ボディで現在フリー。この情報にヘイザの中の遊び人魂に火が付いた。
「よし、ではいざナンパでござる! ちなみにどこにいるか心当たりは?」
「噂じゃ二丁目に会員と高位冒険者向けのバーがあって、そこが行きつけって話ざんす」
「……よし」
このアダムズ市には一級冒険者はラティーファ一人で、二級冒険者はゼロ、そして三級冒険者はヘイザを含めて七人。バーに入れる高位冒険者に間違いなくヘイザは含まれているだろう。
意を決したヘイザは夜の街へ消えていった。
高位冒険者以外は会員登録した者しか入れない会員制のバーだけあって、中は上品な雰囲気が漂っていた。酔っ払い冒険者の怒鳴り声の代わりにピアノ曲が流れ、酔っ払いの吐き出したゲロが床にこびり付いてもおらず、馬鹿騒ぎしている客もゼロだ。
そこへ素行はともかく三級という立派な高位冒険者であるヘイザは、三級冒険者の証であるネームプレートを見せると堂々と足を踏み入れた。
いきなり現れたヘイザに客たちはギョッとしているが、それには構わずヘイザは真っ直ぐラティーファと思わしき女性の座るカウンター席のとなりに腰掛けた。
「隣……いいでござるか?」
「貴方は?」
「さすらいの冒険者ヘイザ・アッシュブレード。この街一番の冒険者であるラティーファ殿がいると聞いて、話をしたいと思って参った」
「聞いたことがあります。遊び人の合間に冒険者をやっていると有名な、あのヘイザですか」
「おお、それはまた拙者を言い表すには良い表現でござるなぁ」
ここでラティーファが嫌悪感をありありと見せたら、脈無しと判断してヘイザはさっさと退散していたことだろう。だがラティーファからはヘイザに対して特にマイナスの感情はないようだった。
ならばとヘイザは勝負を続行する。
「逆にラティーファ殿は冒険が好きで好きでたまらない、冒険者の鑑のような人物と聞いておる。つまりは冒険者の合間に遊んだり飲んだり息抜きをしているタイプでござろう。どうでござるか? たまには自分とは正反対の人間と話してみるのも、面白い経験でござるよ」
「いいですよ。私も貴方に興味がないわけでもありませんから」
一緒にお酒を飲むまでいくという第一段階を突破して、ヘイザは心の中でガッツポーズをする。
ナンパは大抵この第一段階を突破できずに敗北するのが常だ。ちなみに断られたのに強引に第一段階を突破しようとすれば、ナンパ師から犯罪者に転職である。
「ラティーファ殿は昨今珍しいくらい冒険者らしい冒険者でござるが、冒険者を志した切っ掛けとかはあるんでござるか?」
「冒険者になったのは、ある宝を見つけ出したかったからですよ」
「どういう宝でござる? ものによっては拙者が知っているかもしれんでござるよ」
「海を渡り、このアメーリア大陸を最初に発見した、始まりの冒険者が隠したとされる宝。それを見つけ出すのが夢なんです」
帝国より初めて新大陸に渡った始まりの冒険者は、真偽不確かなものも含めれば百を超える伝説が残っている。その中でも始まりの冒険者が残した財宝伝説は、特に浪漫があって人気なものの一つだった。
「それはまた夢がある話でござるなぁ」
「笑わないんですね。他の人に話しても『数百年探して見つからなかったんだから、実在しない』って言われるだけだったのに」
「笑わぬよ。拙者のほうが笑われる人生を送ってきたでござるからな」
中々良い調子だ。これはひょっとしたら今日中にベッドインまで持ち込めるかもしれない。
「じゃあ今度は私から質問です。高級娼婦に入れ込んだり、浴びるように酒を飲んだ挙句に、道の真ん中で寝たり、ギャンブルで派手に賭けて勝ったり負けたり。どうしてそんなに不真面目に生きてるんですか?」
「大した理由ではござらん。女が好きで、酒が好きで、賭け事が好きで、努力とか義務とか働くとか、そういうのが嫌いだからそうしてるんでござるよ。というわけで緋桜殿。拙者と一夜ばかし共に楽しく過ごさぬか?」
「私の名前はラティーファです。”緋桜”じゃありませんよ」
「あ、やべぇでござる」
わざとらしく頭を掻きながら弁明する。女性をナンパする時に、別の女性と名前を言い間違えるなどオウンゴール級のやらかしであった。
「好きな人がいるのに、あんまり別の女の人に色目を使っちゃいけませんよ」
ラティーファは怒った様子もなく窘めるように言った。
「待った! 今のはミスでござる! ワンモアチャンスプリーズ!」
「それじゃ私はこのへんで失礼しますね。不真面目な冒険者さん」
茶目っ気たっぷりにウィンクするとラティーファは勘定を済ませて退店してしまった。完全に大失敗であった。
するとヘイザの両隣に見知った二人が座る。エターナル・レストのリーダーのベネディクトとサブリーダーのゲルダだった。
「フラれたなヘイさん」
「もういい加減、覚悟決めて緋桜ちゃん一本に絞りなさいって」
「見てたのか!?」
「たまたま俺たちのなじみの店にお前が入ってきて、ラティーファを口説き始めたからな。そりゃ見るだろ」
「逆の立場ならそっちだってそうするでしょ?」
「いや拙者ならナンパしてる男が、性質の悪い感じのナンパ男であることを祈る。そして絶好のタイミングで助けに入るチャンスをうかがうでござる」
尤も今回の場合は相手がラティーファという時点でその作戦は成立しないだろう。ソロで一級冒険者をしているラティーファをどうこうできる人間なんて、生き残りの七雄くらいだ。
「やめとけやめとけ。その手のやり方で惚れさせると粘着されるぞ。一夜の恋人は右手か、商売女か、ビッチにしとけって。素朴そうな町娘とか、ちょっと良いとこのお嬢さんなんて以ての外だ!」
「やけに実感がこもってるでござるな」
「だってこいつ経験者だもん。軽い気持ちで助けた町娘に手を出したら、結婚させられそうになったから慌てて逃げ出したんだもんね」
ゲルダが指摘するとベネディクトは「示談するのに金貨三十枚かかったぜ」と遠い目で最低な発言をしていた。実に冒険者らしい台詞である。
「で、これからどうする? 折角だし飲みなおす?」
「ああ。当然失恋した拙者を慰めるため、酒代は奢りでござるな?」
「ナンパ失敗は失恋とは言わねえよ。烏滸がましいわ」
ケラケラと笑いながら三人はマスターに上等な酒を頼む。
目的の刺激的な夜は無理だったが、それなりに楽しい夜になった。
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