第19話 エルフの里
どうやらヘイザはこの辺りに土地勘があるらしく、エルフの里があるという森の中に迷わず足を踏み入れて進んでいった。
「エルフの里か。糞オヤジの家で何度か見かけたけど、その里にくるのは初めてだな」
「何度か見かけたって……まさかエルフを奴隷に!?」
「糞オヤジを庇うつもりはねえけど、あれは普通に客人だったよ。エルフっていうのは魔法適性が高いのが多い種族だし、独自の魔法体系を築いていたからな」
ファウスト・バルザードは魔法至上主義の差別主義者ではあるが、それは魔法使いとして優秀ならば、どんな出自の者であろうと尊重するということである。
魔法大学の講師としては、奴隷の息子ということで虐げられていた生徒を庇い、虐げていた者を停学処分するなどの振る舞いから人格者として有名であるらしい。
「もしも全人類が優秀な魔法使いなら、きっと糞親父は聖人だっただろうな。ま、そんなことはなくてテメエの息子が魔法の素質ゼロの出来損ないだったわけだが……」
「え、えーと、ジャックさんが生まれた事で糞親父さんの面目丸つぶれになったんだとしたら、それはそれで爽快じゃないですか?」
ジャックの中ではとうにケリがついた話なのだが、落ち込んでいると勘違いしたキクコがとんでもない論法で慰めの言葉をかけてきた。そのあんまりと言えばあんまりな内容にジャックは思わず破顔してしまう。
「あ、あはははははは! いいな、それ! そういう風には考えたこともなかった! 確かに俺の存在のせいで糞親父が恥かいたならざまぁみろだよ」
「――――二人とも、無駄話はそこまででござる。大層なお出迎えだ」
声を低くしてヘイザが言うと、四方からエルフの弓使いが現れて三人に弓を向けてきた。よく観察すれば中には弓ではなく、掌を向けている者や、杖を持つ者、刀を構える者もいる。掌を向けている者と、杖を持つ者はまず間違いなく高位の魔法使いだろう。
「止まれ」
エルフの中でもリーダー格らしい弓使いが冷たい口調で言う。
「ま、待ってくれ! 俺達はアンタ達に危害を加えに来たんじゃない!」
「そ、そうです! 先ずは話を聞いてください!」
ジャックとキクコは慌てて弁明するが、
「……ひい、ふう、みい。全員人間ですね。間違いありません」
小柄な刀を持つエルフが言うと、
「よし、全員捕らえ――――」
リーダー格の弓兵がそう一方的に命令する直前、このままでは不味いとジャックは無抵抗アピールのため両手をあげながら叫ぶ。
「だから待ってくれって! 俺たちはちょっと鉱山のことで話をしに来ただけなんだ!」
「そ、そうです! 話を聞いてくれなくてもいいから、せめて尻尾巻いて逃げるチャンスをください!」
「忘れもしませんよ。五年前の独立戦争で、一緒に帝国と戦って独立と自由を勝ち取ろうだなんて言っておいて、ハルノと一緒に私たちを切り捨て、自分たちだけ仮初の安寧を得た貴方達を!」
刀を持つ小柄なエルフの少女が、ありありと敵意を滲ませながら言う。このままでは捕まるどころか皆殺しにされそうな雰囲気にヘイザもジャックもキクコも全力で弁明をする。
「待ってくれ! 拙者、一介の冒険者! 独立戦争とぜーんぜん関係ねえでござる!」
「俺、奴隷!」
「アイ・アム・ユーレー!」
「ほら、人間にも良い人間と悪い人間がいるってやつでござるよ。拙者たち良い人間! マジで良い人間! 捨て猫に餌とかあげちゃうタイプ!」
ヘイザが良い人間であるかどうかは意見の分かれるところであるが、ここはジャックも全力で頷いておいた。
「問答無用、お縄につきなさい」
エルフの少女が刀を抜く。弓を構えているエルフたちも弦を引いた。
「ち、ちなみに捕まえてなにをするつもりでござるか?」
「お前たちに裏がなければ解放しよう。ただし一人は人質となってもらう」
「解放した後で、私たちの里になにかしてこないとも限りませんからね。人間の大多数は信用できません」
ジャックとキクコはほっと一息つく。取り敢えず最悪皆殺しになるということはなさそうだった。だがここでヘイザがどういうつもりか余計な口を挟んだ。
「……信用してないというわりには、人質をとれば大丈夫だなんて、随分と人間を信用しているんでござるなぁ」
「ちょ、ご主人!? 何言ってんですか!」
「つまり貴方は自分が、仲間が人質になっても平然と見捨てる下衆であると?」
「平然と見捨てるような下衆はそうはおらん。だが苦渋の思いで泣く泣く見捨てるのが、大多数の人間なのではござらんか? 仕方のない犠牲だ、最大多数の最大幸福のため少数の犠牲はやむを得ぬと言いながらな」
「挑発してどうするんですかヘイさん!」
ジャックとキクコが悲鳴をあげるように言うが、これまで必死に弁明していたのが嘘だったかのようにヘイザは飄々としている。
「……お前たち人間に人質が無意味なら、皆殺しにする以外にないが?」
「ふむ。では人間と違い同胞を決して見捨てぬであろう、高潔なエルフであるお主らに質問だが」
瞬間、ヘイザから全方位に殺気が叩きつけられた。
「拙者たちを皆殺しにするまでに、拙者たちがどれくらいお前たちの同胞を道連れにすると思う?」
殺気にエルフたちが怯んだ隙にヘイザは刀を抜いていた。もしヘイザがその気だったら、更に何人かのエルフを斬り伏せていた事だろう。
「そんなことは私が許さない。止めてみせる」
冷や汗を流しながらエルフの少女が言う。
「みせるでは安い。絶対確実に止めるとは言えないのか? 失うのは命だぞ」
「…………っ」
もしも皆殺しにしようと強硬手段に出れば、こちら側にも少なくない死者が出るという予感。それがエルフたちの動きを止めてしまっていた。
だが終わりの時は唐突に訪れた。
「――――双方、待て」
そう言ったのは小柄なよぼよぼの老人のエルフだった。エルフの年齢は人の三倍なので、恐らく二百五十歳は超えているだろう。
「里長、か」
「如何にも」
ヘイザの問いに里長のエルフが頷く。そうして里長はじっとヘイザのことを見つめていた。
「さ、里長様!? 危ないです。このようなところに出てこられては!」
「わしもできることなら若い者に全て任せたかったが、それで若者が無為に死ぬとあれば、楽隠居もしておられまい。さて……お主はなんと呼べばいいのかな?」
「ヘイザ・アッシュブレードでござる。こっちは奴隷のジャックに仲間のキクコでござる。ちょい近くの鉱山について知恵を借りに来たでござるよ」
「詳しい話を聞こう。里に入るといい」
「き、危険すぎます里長様!」
「案ずるな。この者らは邪悪な人間ではない」
エルフの少女の諫言を退けると、里長は若いエルフたちに解散するよう指示を出して、ヘイザ達を里の中へ案内していった。
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