第17話 ボランティア精神
「と、いうのが前回の仕事のあらましでござるよ」
アダムズ市へ帰還したヘイザは、洞窟での冒険のことを酒の肴に語って聞かせていた。依頼達成の報酬に加えてテッシン達を見逃してやる代わりにカツアゲした金貨で、いつもよりヘイザの懐は温かくなっていた。もっとも直ぐに浪費してしまうため、少しすれば元の素寒貧になるだけなのだが。
「大変でありんしたなぁ」
「そうでもないでござるよ。持ってきてしまった絵でござるが、はてさてどうしたものか。好事家に売れば金になるだろうが、生憎とそんな風流人に知り合いなどおらぬし、絵の相場など詳しくないから買い叩かれても困る」
「それならわっちにくんなましんせんかぇ?」
「……欲しいのか?」
「ええ。ただ買うとなると高いから、レンタル――――預かるという形はどうでありんしょう? いずれ相応しい人が現れるか、ヘイさんが返して欲しいと言う日がきたらお返しするでありんす。お代は今日と明日と明後日をタダでどうでありんんしょう?」
「マジか!? はは、助かるでござる!」
こうして英雄ハルノと七雄の描かれた肖像画は、ヘイザの手から緋桜の下へ預けられる事となった。
なお今回もジャックはヘイザからそれなりの額をお小遣いで貰っていたのだが、自家発電で欲求を消化し貯金に回していた。
一週間後。毎度のように一切の貯金をしない刹那的浪費で、報酬の大部分を使い果たしたヘイザは、新しい依頼を受けアダムズ市を出発していた。
目的地まではそれなりに距離があるので、その日は途中にある村で宿をとることになったのだが、ここでヘイザがとんでもない事を……いや、到底ヘイザらしからぬ真っ当な事を言い始めた。
「なあ村長よ。最近魔物かなにかに困っているというようなことはないでござるか?」
「魔物ですか。それなら最近このあたりに群れから逸れたらしいオークが一体だけうろついていたのを村の者が見たと」
「なんと! では宿代代わりに拙者たちでそのオークを討伐してやろう」
その言葉を聞いた瞬間、ジャックは驚愕して持っていた水筒を落としてしまった。あの怠惰が人の形をしているようなヘイザが、自分からこんな事を言い出すなんて太陽が西から昇るようなものだ。
「お待ちください。そんなオーク一体程度のために三級冒険者様のお手を煩わせるわけには……」
村長が遠慮する。魔獣などが生息している新大陸の村では、冒険者でなくても魔物との戦いの心得を修得しているのが当たり前だ。オークは群れれば厄介だが、複数人で寄ってかかれば村の若者数人がかりで討伐できる低級の魔物である。そんなもののために三級冒険者に依頼するのは割に合わないという判断であろう。だがヘイザは安心させるように胸板を叩いた。
「なに案ずるな、こんな程度のことで金など受け取らぬ。宿代だけ無料にしてくれればそれで良い」
「本当でございますか!」
無料で引き受けてくれると分かった村長が顔を綻ばせた。
何度も言うようにオーク一体なら、村の若者数人がかりで倒せる難度である。だがそれは決して危険がないわけではない。思わぬ反撃を受け重傷を負うリスクもあるし、最悪全滅する可能性もある。小さな村にとって若い男手の喪失は死活問題であり、そのリスクを無料で避けられるならこれほど有難い話はないのだ。
「ああ。無辜の民の営みを守るのも冒険者の使命でござるからな」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
頭を下げる村長になんてことのないように手を振りながら、ヘイザはジャックとキクコを連れてオークの目撃情報があった森の中へ入っていく。
そうして村人たちの目が届かないところまで進むと、ジャックとキクコはヘイザに疑念をぶつけた。
「どういう風の吹き回しっすか、ご主人。あんなガラにもないこと言っちゃって」
「なにか悪いものでも……いや、この場合は良いものでも食べたんですか?」
「酷いいいようでござるなぁ。拙者がボランティアスピリットを発揮したことが、そんなにおかしいか?」
「「はい」」
ジャックとキクコは見事に返事をはもらせた。
特にヘイザに散々扱き使われてきたジャックの声には感情がこもりにこもっていた。
「お主らが拙者のことをどう思っているかがよく分かった。拙者、悲しいでござるよ!」
「じゃあ普段からサボらず働いてくださいよ」
「この悲しみを抱え続けて生きていくでござるよ」
「…………」
キクコが呆れたように目を半月にした。
「で、ご主人。そろそろ教えてくださいよ。なんでこんな立派な人間みたいなことをするんです? ただの気紛れですか?」
「勿論、次の依頼に必要だからでござるよ。ジャック、お主はここで見ていろ。まだ加減のやり方が分からんでござろう?」
「加減?」
そう言うとヘイザは急に走り出す。動きを目で追えば、ヘイザの向かう先にはやや小柄なオークがいた。ヘイザはオークが攻撃しようとするよりも素早く背後をとると当身を叩き込んで昏倒させてしまった。
「これで良し」
「え、とどめは刺さないんですか?」
「ああ。たぶん目的地で使うことになるからな」
そう言うとテキパキとヘイザが両手両足の骨を砕いてから、動けないオークを縛り上げた。
こうしてオークを捕縛して戻ったヘイザは、村から歓迎されちょっとした英雄扱いを受けた。
そしてそれからもヘイザは村に立ち寄る度に、村人に魔物の話を聞いては、殆ど無償に近い額で討伐するという、高潔な冒険者みたいな慈善活動を繰り返していた。
ジャックとキクコがヘイザのこの行動の意味を知るのは、依頼人のところに着いてからの事である。
なお二回目以降、魔物を昏倒させる役目をジャックに丸投げするようになったのは言うまでもない。
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