第16話 英雄の遺産
洞窟の最奥まで進んだヘイザ達は、突き当たりに置かれた不自然なほどに毅然とした存在感を放つ箱を発見した。防錆の魔法がかけられているらしく、その箱には錆一つない。それは正しく、
「本当に『宝箱』があったよ……」
ジャックは驚きと共に呟く。冒険者なんて職業があるこの新大陸では、隠された財宝の話なんて幾らでもあるし、その殆どがデマである。だから七雄のお宝というのも、どうせデマだろうと思っていたのだ。
「こんな風にこれ見よがしな宝箱にお宝を隠すなんて、ヴァシリッサっていう人はロマンチストだったんですねぇ」
「こらこら、中身を確認するまで浮かれるには早いでござるよ。中身が空の誰かの悪戯って線もあるでござるし」
そう言ってヘイザは宝箱に手をかける。その瞬間だった。
「わわ、なんですかこれ!? ヘイさんが宝箱に触れた途端に地震が起きましたよ!?」
キクコが叫ぶように洞窟全体がぐらぐらと揺れ始める。だが幽霊であるキクコは分からなかっただろうが、揺れているのは洞窟だけで地面は揺れていない。それで実家での迫害による実体験で悪意ある魔法に詳しいジャックが、直感的に原因に気付いた。
「やべぇぞ! きっとこれは罠だ! 宝箱に触れた途端、洞窟に『崩落』の魔法が発動するよう仕掛けてやがったんだ!」
「不味い! 今、洞窟が崩落したら逃げ出す時間がない!! し、死んでしまう!? いやぁぁあああああああああああ! 死にたくねぇ! 死にたくねえでござるよ!」
「助けてください! こんな洞窟でぺしゃんこになって死ぬなんて嫌ぁぁああああああ! ………って、私ってもう死んじゃってました。てへっ」
「貴様ぁあああああああああ!」
ヘイザとキクコがコントみたいなやり取りをしている間にも、洞窟の揺れは激しさを増していっている。このままだと本当に洞窟が崩落してヘイザ達三人と、ついでに縛って放置してきたテッシン達ずっこけ三人組もお陀仏だろう。
「ど、どうするんだご主人? なんか手はないのかよ?」
「…………逸話によれば、ヴァシリッサ・ウィロウは極めてプライドが高く承認欲求の塊のような魔法使いだったときく」
人形使いヴァシリッサに関する逸話を思い出しながらヘイザが言う。
「それがどうしたっていうんですか!?」
「だからえーと……あ、そうだ! ヴァシリッサ・ウィロウが本当に宝を持ちだそうとする賊を皆殺しにするつもりなら、猶予など与えず宝箱に触れた途端に直ぐ洞窟が崩落するような仕掛けをしているはずでござる! だからきっと宝を持ちだそうとする事に怒っているのではなく、勝手にお宝を持っていこうとする事にキレてるんでござるよ!」
「そ、そうなんですか?」
「ああ! 娼館でも『おいこら、俺は金払ってんだから奉仕しろ』って偉そうな客より『今日はよろしくお願いします』って丁寧な客の方が受けがいいでござるからな!」
「じゃあ頭を下げてお宝を持って行かせて頂きますって言えばいいんですか?」
「いや、ここは土下座でござる!」
極東大和の最上位のお願いの仕方と伝わるそれを、ヘイザは迷わず実行する。その場で跪いて、宝箱をヴァシリッサに見立てて頭を下げた。
「そなたのお宝を発見した拙者たちに、お宝をくれでござる、このとおり!」
それは駄目元での行動だったが、ヘイザが土下座すると、驚くべきことに本当に洞窟の揺れが小さくなってきた。
「あ、地響きが収まってきましたよ?」
「チャーンス! 二人ともヴァシリッサを褒めて褒めて褒めまくれ!」
「え、えーと……ヴァシリッサさん凄い! 可愛い! 凄い魔術師! 天下一!」
「ジーク・ヴァシリッサちゃん! オール・ハイル・ヴァシリッサちゃん! ヴァシリッサちゃん万歳!」
ヘイザもジャックもキクコも、半ばヤケクソになってヴァシリッサを褒めまくった。すると宝箱が段々と発光していくにつれて、地響きは徐々に小さくなっていく。そして宝箱の発光が臨界を迎えたのか雲散するのと同時に、先ほどまでの地響きも嘘のように収まった。
パカッと音が聞こえたかと思うと、宝箱が独りでに開く。まるでヴァシリッサが「合格♪」とでも告げているかのようだった。
「まさか本当にこれでいけるとはな」
ヘイザが呆れたように言うと、ジャック達も頷いた。
死して尚、自らを褒め称えさせる承認欲求。七雄恐るべしである。
「さ。それで勿体ぶった宝箱の中身を拝見させて貰うとしましょうか」
ジャックがワクワクと宝箱を覗き込んで中身を検めると、途端に渋い顔になった。
「……ご主人、この宝は持っていくのやめませんか?」
「え、いきなりどうしたんですかジャックさん」
「見れば分かるよ」
ヘイザとキクコが促されるままに宝箱の中を覗き込む。
するとそこにあったのは金銀財宝でも、ヴァシリッサ手製の戦闘人形でも、貴重な魔導書や武器の類でもない。一枚の肖像画だった。
”英雄”ハルノ・クリアスカバード
”黒騎士”サー・クベーラ
”白騎士”ゴドリック・マーシャル
”人形使い”ヴァシリッサ・ウィロウ
”首領”カルジェロ・ルチアーノ
”迅雷”アデレイド・タルヒュンツ
”破壊僧兵”ジョッシュ・グランドール
”今天狼”ロクサーヌ
肖像画に描かれていたのは、在りし日の独立の英雄ハルノ・クリアスカバードと彼女に従った七雄達だった。顔全体を覆う面頬をしているサー・クベーラ以外は、笑顔を浮かべているのが分かる。
そこでキクコがハッとしてヘイザに質問した。
「あ、あのヘイさん。そういえばテッシンって人、七雄の『遺産』って言ってましたよね」
遺産、それはつまり死んだということだ。ヘイザは頷くと、
「ん、ああ。ハルノ・クリアスカバードは本国に処刑され、他の七雄も四人が死んでいるでござるな。ヴァシリッサ・ウィロウも独立戦争で死んだ一人でござる」
「そう、ですか」
「だがこの大陸の英雄、七雄の肖像画となれば好事家には高く売れるでござるよ! ありがた~く拙者が持って行かせてもらうでござる!」
「いやいや、ご主人! それはちょっと人としてどうかと思いますよ!」
「そうですよ! これじゃ墓荒らしです!」
ジャックとキクコは人として真っ当な抗議をするが、ヘイザはまったく聞き入れない。
「覚えておけジャック、キクコ。そんなセンチメンタリズムに囚われていては、この大陸で冒険なんぞできぬ」
無駄にキリっとキメ顔で言うと、
「うひょーい! 酒代でござるよ~!! 臨時収入最高でござる!(故人を糧にしてでも生きるのが、今を生きる人間の義務でござるよ)」
本音と建前を逆にして馬鹿笑いするヘイザに、ジャックとキクコは互いに顔を合わせて説得を諦める。そうして二人はヘイザを後目に、罰が当たらないよう亡きヴァシリッサ・ウィロウとその仲間たちに手を合わせることにした。
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