第14話 お待ちかねの練炭
三者三様の余暇を楽しんだヘイザ、ジャック、キクコはいつものように冒険者ギルドに集まっていた。冒険したいキクコと、折角得た金を緋桜につぎ込んで再び財布がレッドゾーンになったヘイザの利害が一致した故である。
幽霊なのに一番元気なキクコが口火を切った。
「さあジョンソンさん! 今日ある冒険はなんですか!」
「冒険でしたら未開拓地へのマッピングの依頼などが入ってますから、それでどうでしょう?」
「難度は五級相応でござるか。まあ1緋桜程度にはなりそうでござるな」
「で、その未開拓地ってどういう場所なんです?」
ジャックに訊ねられると、ジョンソンは眼鏡をくいっと上げながら、資料をジャックにも見えるよう向きを変えて言う。
「今回は洞窟のようですね。周辺の土壌を調べたら、洞窟内に希少金属が埋まってる可能性があるそうなので採掘場にしたいそうです」
「おお! 未開拓の洞窟探索なんてこれまた凄い冒険者っぽいじゃないですか!」
興奮するキクコ。
一般にハデスの領域などと呼ばれる未開拓地を開拓していくために、開拓者同士が作った相互扶助組織が冒険者ギルドのスタートである。なので開拓地の探索は冒険者の原点であると言っても過言ではない。
「……言うまでもありませんが、既にこの洞窟は私有地ですので、マッピングついでに勝手な採掘なんてしてはいけませんよ?」
「そんな冒険者にあるまじきこと、するはずがなかろう!」
キリッとわざとらしいキメ顔でヘイザが言うと、ジョンソンは露骨に疑う目をした。
「大丈夫ですよ。ヘイさんがそういうことしたら、私が緋桜さんに報告しちゃいますから」
「なら安心ですね」
キクコに言われてジョンソンは納得する。ヘイザ・アッシュブレードは評判の悪い男だが、例外的に娼婦にだけは評判の良い男だった。
アダムズ市のあるディオニュソス州のほぼ最南端に目的地の洞窟はあった。
洞窟の前には『ダニエル・ロペス 売約済み』と書かれた看板が置いてある。今回の依頼の依頼人と同じ名前だ。
「さあ依頼内容は洞窟内のマッピングでござる。ジャック、キクコ。任せたでござるよ!」
振り返ったヘイザは漁村でそうしたように二人へ丸投げしようとするが、
「あの、ご主人。俺マッピングどころか地図の見方すら分からないんだけど」
「幽霊がペンを持てるはずないじゃないですか」
「馬鹿な! それでは拙者がマッピングするしかないじゃないでござるか!」
二人が揃って戦力外宣言したことに、ヘイザは悲痛な叫びをあげた。
「この前のイカは俺たちで倒したんだから、今度はお願いしますよ。もし魔物が出てきたら俺が倒しますから」
「おのれジャック。いずれマイケル達にしたように、マッピングのやり方を教え込んで、今度は仕事を押し付けてやるでござるよ……」
「不真面目にやるために真面目な努力をしないでくださいよ。努力の方向音痴ですか」
キクコが呆れながら言った。
だが努力の方向音痴などではない。他力本願に徹するためには、仕事を丸投げできる優秀な他力が不可欠なのだ。その他力を自ら育成することは、寧ろ不真面目に徹するための最短距離であるといえるだろう。
そんな事をヘイザが思っていると、キクコが照明魔法を発動させようとして、
「ルクス・レプレアーーーー」
「待てキクコ。最大照明魔法は使わなくていい。普通の照明魔法を使え」
「え?」
海中での巨大ダイオウイカの時に使用した『ルクス・レプレアトゥル《光よ、満ちよ》』は白属性に属するもので、最大照明魔法と呼ばれる。どんな暗闇でも昼のように明るくすることが可能だ。これを使えば洞窟全体に明かりを灯す事ができるだろう。
対して普通の照明魔法である『ルークス』は魔法使いなら誰でも修得できる基礎のコモンスペル。暗闇全体を照らすような力はなく、効果は松明の代わりになる程度だ。
「最大照明魔法の方が楽だと思うんですけど、どうしてですか?」
「それを見ろ」
「これって焚き木の痕!?」
ジャックが声をあげた通り、洞窟の入り口の横に片付けられた焚き木の残骸が残っていた。
「もし洞窟内に侵入者がいるのなら、最大照明魔法を使えば拙者たちが入ったことを教えるようなものでござるからな」
「で、でもたまたま屋根のある洞窟近くで野宿しただけで、洞窟深くへ入っていったと決まったわけじゃ……」
「決まったわけではないが、無視できる可能性ではないでござるよ」
そう落ち着いた口調でキクコを嗜めるヘイザは、珍しく真剣な顔でベテラン冒険者の風格を漂わせていた。
これにジャックもキクコもそれ以上の反論はせずに、ヘイザの指示に従う。
「ルークス」
キクコが人差し指に明かりを灯すと、その光源を頼りに洞窟内に入っていく。
一番前は物理攻撃の利かないキクコで真ん中をジャックが、最後尾にマッピングのための紙とペンを持つヘイザが続いた。
そうして洞窟を暫く進んだところで、ヘイザが小さいがはっきりとした声で言う。
「止まれ」
「どうしたんですかご主人?」
「これを見ろ。松明の燃えカスだ」
「それもこれまだ新しいですよ……じゃあヘイさんの言ったように、本当に中に侵入者が?」
「売却済みって看板があるのを無視して中に入って来たってことは……やっぱ盗掘者っすかね、ご主人?」
「さあそれは分からんが。だがこういう時は幽霊の出番でござるよ。キクコ、洞窟の壁に潜航しつつ偵察を頼むでござる」
「任せてください!」
ガッツポーズしてキクコが頷く。キクコがいない間、光源がなくなってしまうのでヘイザはもしもの時のために持ち込んでいたランプに火を灯した。
そんなヘイザを感心しながら見ていたキクコは、我に返ると壁に潜りながら洞窟の奥へと進み始める。
幽霊であるが故に足音も鳴らず、壁にも地面にもすり抜けて潜むことができるキクコは、超一流の斥候であった。洞窟を更に二百メートルほど進むと、人の話し声が聞こえてきたので、壁に潜みながら近づいて聞き耳を立てる。
「ボス。この洞窟に本当に例のものがあるんでしょうか?」
「さあな。あるかもしれねえしないかもしれねえ」
「けど可能性があるだけで、潜る価値はあります」
壁からこっそり目だけ出して確認すると、盗掘者(仮)の内訳はリーダーらしき東洋系の男と、副リーダーらしき小柄な女性と、一番下っ端そうな男の三人組のようだった。
冒険者として長いヘイザなら彼らの外見からもっと情報を得られるのかもしれないが、成りたてのキクコにはそれ以上分かることはなかった。
「プリシラの言う通りだぜ。なにせこの洞窟に眠るお宝ってのは、特級冒険者ハルノ・クリアスカバードと彼女が率いた七雄にまつわるものなんだからな!」
(ハル、ノ……? しち、ゆう?)
聞いたことのないフレーズにキクコは首を傾げる。
もうちょっと詳しく聞こうとしたキクコは、より三人に接近した。その瞬間である。リーダー格の男が突然キクコが潜む壁に振り向いた。
「っ! そこにいる奴! 誰だ!?」
ボス格の男はキクコが潜む壁を真っ直ぐ睨みつけていた。
幽霊は物音こそたてないが、気配は人間と同じように感じ取ることができる。彼はキクコの気配を第六感で感じ取ったのだ。
「ぼ、ボス!? どうしたんですか!」
「テッシン、そこにあるのは壁ですよ。誰かがいるはずが―――――」
「いいや、そこに人の気配があった! きっと土魔法かなにかで潜んでやがるんだ! 死ねえええええええ!」
(た、退却ぅううううううううううう!)
幽霊なので殺されはしないだろうが、テッシンという名前らしいボスの男の気迫に押されてキクコは慌てて逃げ帰った。
無事に逃げ帰ったキクコは、ないはずの心臓をバクバクさせながら見聞きした全てをヘイザに報告する。
「ハルノ・クリアスカバードに七雄……なんか糞親父が話してるのを聞いたことがあるような気がするな……。なんでしたっけご主人?」
「特級冒険者ハルノ・クリアスカバードというのは『風林火山』という史上最大規模の冒険者パーティーのリーダーとして、帝国に対して独立戦争を挑んだ英雄でござるよ。七雄というのは風林火山の七人の最高幹部のことでござる」
「あ、独立戦争なら流石に俺も知ってますよ! そっか、それを率いてたのがハルノって人なんですね」
新大陸の宗主国であるソロモン帝国の先王はとんでもない暗愚だった。宰相と麻薬カルテルが癒着し、冒険者が独自に麻薬カルテルを攻撃すれば、冒険者の側が盗賊として指名手配される始末。元々新大陸が帝国に依存しない経済を確立させつつあることもあったから、自然と独立運動が盛り上がり、その旗手となったのが『風林火山』のハルノ・クリアスカバードだった。
「ま、当初は押せ押せだった革命軍も、先帝がクーデターで殺され、名君と呼ばれるルシフェラが女帝に即位すると逆転され、内乱も終結したんでござるがな。そしてもう一つ重要な点として七雄の一人、メイド戦士のロクサーヌはすんごい巨乳だったという!」
「凄くどうでもいいです」
「重要だろ」
まったく興味なさそうなキクコに対して、ジャックは興味津々に言った。
「こりゃ金の臭いがしてきたでござるなぁ」
「どうするんですヘイさん! あっちはもう私たちに気付いちゃいましたよ? ボスのテッシンって人、凄い勘が鋭いです」
「落ち着け。この洞窟は恐らく出口は一つだけ。そしてその出口側に拙者たちがいる。つまり地の利はこっちにあるでござるよ。よってここはお待ちかねの一酸化炭素中毒によるはめ殺しでござるよ!」
そう言ってヘイザはランプと一緒に、もしもの時のために持ち込んできた練炭を取り出す。余りにも用意周到なヘイザに、ジャックは呆れ顔だった。
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