第8話:遺跡が、何かを返してきた
街道を外れ、生い茂る森の奥へと続く獣道を二人は歩いていた。
宿の主人が酒の席でこぼした「古びた石の残骸がある」という取り留めのない噂話を、リアが聞き逃さなかったのだ。
「レイン、こっちこっち! ほら、あそこ!」
「……リアさん、あまり走ると足元を掬われますよ。一日の遠回りになるというのに、本当に物好きですね」
レインは溜息をつきながら、地図を片手に歩を進めた。
やがて、木々の隙間からその姿が現れた。蔦に覆われ、半ば崩落した石造りの円形広場。周囲には折れた柱が散乱しているが、その中心部だけが、何かに守られるように凛とした空気を保っていた。
広場の中央には、一本の石碑が静かに立っていた。
表面には見たこともないほど複雑な文様が刻まれている。文字のようにも見えるが、どの国の言語とも違う。
「不思議な場所……。なんか、ここだけ空気があったかい気がしない?」
リアが石碑の周りを興味深げにうろつき、指先で文様をなぞろうとする。
レインは導かれるように、石碑の前へ歩み寄った。
視界が、これまでになく明瞭に「縁」を捉える。石碑そのものから、無数の細い光の糸が、四方八方の空へ向かって伸びていた。それはまるで、かつてここを訪れた全ての人々の足跡を繋ぎ止めているかのようだった。
「……っ」
レインが、吸い寄せられるように石碑の表面に触れた。
その瞬間。
微かな振動が、手のひらを通じて全身に駆け巡った。
懐かしい、と感じた。
記憶の底に沈んでいた「何か」が、泥の中から浮かび上がるように揺れる。
幼い頃、自分を呼ぶ温かな声。誰かに手を引かれた時の柔らかな感触。そして、何かが冷たく断ち切られた、鋭い喪失感。
「レイン……?」
リアの怪訝そうな声に、レインは弾かれたように手を離した。
自分の指先が、微かに震えていた。
「……何でもありません。少し、立ち眩みがしただけです」
「今、すっごく変な顔してたよ。苦しそうな、でも懐かしそうな……」
リアは石碑をじっと見つめ、何かを思い出すように小首を傾げた。
「……思い出した。お母さんが昔、お伽話で言ってた。『縁結び師』の遺跡だって、こういう場所のことなのかな」
「縁結び師?」
聞き慣れない言葉に、レインの眉が動く。
「うん。大昔、人と人の心を繋いだり、壊れそうな絆を直したりする力を持った人たちがいたんだって。今はもう絶滅しちゃったみたいだけどね」
リアが何気なく口にしたその言葉が、レインの胸に深く突き刺さった。
人と人を繋ぐ力。
自分に見えている、この鬱陶しいほど鮮明な「糸」の正体。
レインはもう一度石碑を見つめた。
文様の奥に、自分の深部にある「何か」を呼び覚まそうとする鼓動を感じる。
触れようとして、再び手を止めた。
(……気のせいです。私は、ただの役立たずの記録係ですから)
そう自分に言い聞かせ、レインは遺跡を後にするために背を向けた。
だが、石碑に触れた瞬間のあの熱は、いつまでも手のひらに残り続けていた。
「……行きましょう、リアさん。日が暮れる前に街道に戻らなければ」
「あ、待ってよレイン! ……もう、歩くの早すぎ!」
不貞腐れたように追いかけてくるリアの背後で、遺跡の糸が静かに揺れた気がした。




