第7話:これは才能ですか? いいえ、気のせいです
街道を歩きながら、レインは昨日までの出来事を頭の中で整理していた。
行きずりの村の対立。町を二分する商家の諍い。すれ違う旅人たちの、ほんの一瞬の目配せ。
自分が何かを口にし、あるいは何もしなくてもただそこに介在するだけで、人々の間の「何か」が変わっていく。
(……やはり、気のせいではないのでしょうか)
隣ではリアが、どこで覚えたのかもわからない静かな鼻歌を歌っている。能天気に見えるが、時折、探るような視線をレインに投げかけてくるのを彼は気づいていた。
昼休憩のために立ち寄ったのは、枯れかけた井戸が中心にある、ひっそりとした村だった。
レインが水を汲みに行くと、井戸の傍らに腰掛けた一人の老婆がいた。虚空を見つめるその瞳には、深い寂寥が張り付いている。
その瞬間、レインの視界が歪んだ。
老婆の周囲に、今までよりも鮮明な「像」が結ばれる。
老婆の胸から伸びる糸は、村の奥にある一軒の家へと繋がっていた。だが、その糸は幾重にも結び目が作られ、泥を被ったように黒ずんでいる。
「……ご家族は、あちらの家にお住まいなのですか」
レインの問いかけに、老婆は弾かれたように顔を上げた。
「……なんで、わかるんだい。あんた、うちの者を知ってるのかえ」
「いえ。なんとなく、そう感じただけです」
レインは老婆に汲みたての水を差し出した。
「あちらの家の方も、同じように井戸を眺めていました。……あなたを待っているように見えましたよ」
老婆の手が、微かに震える。
レインはそれ以上何も言わず、リアの待つ場所へと戻った。
村を出てしばらく経った頃、並んで歩いていたリアが唐突に足を止めた。
「ねえ、レイン。……レインってさ、人の気持ちが見えるの?」
「……そんなことはありません。私は読心術の心得など持っていませんし」
レインは丁寧に否定した。だが、リアは琥珀色の瞳を真っ直ぐに向けて、逃がさないというように言葉を重ねる。
「でも、いつも気づいてるじゃない。人と人の間にある、本人たちも気づいてない『何か』に。さっきのおばあさんの時だってそう。まるで見えてるみたいに話しかけてた」
レインは歩みを止め、少しの間、沈黙した。
自分に見えている光の糸。引き合う力。拒絶する色。
「……気配のようなものは、感じます。ただ、それは旅を続ける中での経験による『勘』のようなものだと思っていました」
「勘だけであんなことできないよ! それって、すごい才能なんじゃない?」
リアが身を乗り出してくる。
だが、レインは静かに首を振った。
「いいえ。役に立ったためしがありません。勇者パーティにいた頃も、私は何もできませんでした。魔物を倒せるわけでも、傷を癒せるわけでもない。……ただ、見えているだけです」
その言葉は、自分自身に言い聞かせるような冷ややかさを帯びていた。
ふと、背中に何かが触れたような気がした。振り返っても、誰もいない。……気のせいです、とレインは自分に言い聞かせた。
その日の夜。宿の窓から月を見上げながら、レインは自分の右手をじっと見つめた。
老婆に水を渡した時、指先に伝わった微かな熱。
人と人を繋ぐ、目に見えない光の糸。
(これは、才能などではない。……ただの、呪縛のようなものだ)
そう思おうとしても、網膜に焼き付いた銀色の輝きは消えてくれない。
無視できないほどに鮮明さを増していく「縁」の感覚に、レインは気づいていた。自分の呼吸が、いつの間にか、浅くなっていることにも。
得体の知れない不安と、ほんのわずかな――期待を抱き始めていた。




