第49話:リアの解放
セランとの静かな決着がついた後、館の中庭には、嵐の後のような澄み渡った静寂が満ちていた。
レインは、隣に立つリアに向き合った。彼女の琥珀色の瞳は、決意と、そして微かな震えを湛えてレインを見つめている。
「……準備はいいですか」
「……うん。ずっと前から、できてたよ」
リアの声は、どこまでも澄んでいた。
空は高く晴れ渡り、風が穏やかに二人の髪を揺らす。
レインは感知能力を、リアの内側にある「聖域」へと集中させた。
そこには、両国の王家と結ばれた強固な宿命の縁が、重い鎖のように彼女を縛り付けている。だが、今のレインには見える。その鎖を解き、本来の「繋がり」へと編み直すための道筋が。
レインが右手を、リアの胸元へとかざした。
「……解放します」
刹那、リアの身体から、目も眩むような黄金の光が放射状に広がった。
それは彼女を依代として、二大国の根源へと伸びていく光の奔流。レインの導きによって、数十年、数百年にわたる憎しみの歴史が、リアという「空白の器」を通り道にして、静かに、しかし決定的に浄化されていく。
遠く、東と西の地平線で、何かが変わる地鳴りのような響き。
対立はすぐには消えないだろう。だが、国家という巨大な縁の向きが、今、破滅から「対話」へと書き換えられた。
光が収まる中、リアは目を閉じたまま、動かなかった。
レインの感知能力は、彼女の内側で、もう一つの「縁」が力強く拍動を始めたのを捉えていた。
それは宿命の鎖ではない。もっと古く、もっと深い、彼女が生まれた時からそこにあった温かな光。
(……お母さんの、縁です)
封印が解け、役割を果たした今、隠されていた母親の祈りがあらわになった。亡くなった後も、ずっとリアを包み、守り続けていた「母親との縁」。
「……お母さんの、声が聞こえた気がした」
リアが目を閉じたまま、震える声で呟いた。
「縁が戻りました、リアさん。……お母さんがあなたに託した、本当の願いが」
リアがゆっくりと目を開ける。その瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
「旅をしなさいって言った時……どんな気持ちだったんだろう」
「……あなたを守りたかった。ただ、それだけです。……あなたが自分の足で歩き、自分の意志で誰かと繋がれる日を、ずっと信じていたんです」
リアの頬を、涙が幾筋も伝い落ちた。
「そっか。……ちゃんと、守ってくれてたんだ。……ありがとう、お母さん」
しばらくして、リアが顔を上げた。
そこにいたのは、天真爛漫な仮面の笑顔でも、孤独を隠した翳りでも、悲壮な覚悟でもない。すべてを超え、一人の人間として、今、この場所に立っているリア自身の顔だった。
「……なんか、軽い」
リアが、自分の手を見つめて笑った。
「ずっと重かったものが、全部なくなったみたい。……どこにも属せないって、あんなに怖かったのに……。今は、どこにでも行ける気がする。どこにいてもいいんだって、思える」
リアがレインに向き直り、眩しすぎるほどの笑顔を見せた。
それは、レインが旅の中でずっと見たいと願っていた、一点の曇りもない、本当の笑顔だった。
「ありがとう、レイン。……レインがいなきゃ、私、まだあの暗い場所にいたままでした」
「……礼を言うのは私の方です。……あなたがいなければ、私は縁の外側で、冷たい空気を見つめたまま一生を終えていた。……あなたが最初に、私の縁になってくれたんです」
レインが、初めて自分から笑った。
それを見たリアが、驚いたように瞬きをし、それから今までで一番大きな声で笑い声を上げた。
世界は変わった。リアの中も、レインの中も。
「……旅を続けましょう、リアさん」
「……うん! どこへ行く?」
「……決めていません」
「あはは! じゃあ、一緒に決めようよ!」
二人が、館の中庭から歩き出した。長く伸びる二人の影が、どこまでも続いていた。




