第46話:館へ、向かう
朝の光が、セランの根拠地である石造りの館を白く照らし出していた。
周囲の森は静まり返り、鳥の声一つ聞こえない。かつてないほど研ぎ澄まされたレインの感知能力は、館を囲むように配置された兵たちの「迷い」を、手に取るように捉えていた。
「……緊張してる、レイン?」
隣を歩くリアが、努めて明るい声で尋ねる。
「しています。……ですが、逃げ出したいとは思いません」
「正直だね」
リアが小さく笑う。その瞳には、レインへの絶対的な信頼が宿っていた。
館の正門が見えてきた。
そこには、抜き身の剣を構えた数十人の重装兵が、壁のように立ちはだかっている。一歩近づくたびに、鉄の匂いと、押し殺したような殺気が空気を震わせる。
「止まれ! ここから先は死の領分だ!」
隊長格の男が怒鳴る。だが、レインは歩みを止めなかった。
(……見えています。あなたたちの、本当の重荷が)
レインは感知能力を全開にし、兵たちの「個の縁」に優しく触れた。
セランの命令でここにいる。だが、その胸の奥にあるのは忠誠ではない。故郷に残した妻の笑顔、年老いた母の安否、病に伏せる娘の温もり。
恐怖によって無理やり塗りつぶされていた、彼ら自身の大切な縁を、レインの力が静かに呼び覚ましていく。
「……あなたたちは、ここにいたくないはずです」
レインが兵たちの前に立ち、静かに、けれど透徹した声で告げた。
「私にはわかります。あなたたちが本当に守りたいものは、この館の中にはない。……帰ってください。あなたたちの帰りを待つ、その『縁』のもとへ」
静寂が広がった。
一人の兵士の剣が、石畳に落ちて高い音を立てた。続いて二人、三人。
レインが呼び覚ました「家族への情」が、セランの呪縛を内側から食い破ったのだ。
「……すまない」
誰かが呟き、一人が列を離れた。それをきっかけに、鋼の壁が崩れるように割れていく。兵たちは戦うことなく、ただ一人の旅人の言葉に導かれるように、道を空けた。
館の重厚な扉が、重々しい音を立てて開いた。
奥からゆっくりと現れたのは、あの男――セランだった。今回は従者も兵も連れていない。ただ一振りの細身の剣を手に、一人で立っていた。
「……来たか、レイン。封印を完全に解き、私の兵を言葉だけで退けるとはな」
セランの声は、驚くほど穏やかだった。だが、その瞳の奥には、長年の執着が燃え尽きようとする直前の、凄まじい光が宿っている。
「最後にしよう。……お前の甘い幻想か、私の冷徹な現実か。どちらがこの世界の理にふさわしいか、決着をつける時だ」
レインは一歩踏み出し、リアの隣に並んだ。
セランから伸びる、漆黒の歪んだ縁。それを解き、彼自身を解放するために。
「……そうしましょう。あなたの止まった時間を、今日、私が動かします」
風が吹き抜け、三人の影が長く石畳に伸びた。すべての旅が、ここに収束する。




