第45話:決戦前夜
セランの根拠地を眼下に望む、切り立った丘の上。
明日にはすべてが決まる。その予感が、夜の静寂をいっそう深いものにしていた。
見上げる夜空には、零れ落ちそうなほどの星々が瞬いている。
「……長かったね、旅」
膝を抱えて座るリアが、ぽつりと零した。
「そうですね。……短かった気もしますが」
レインは焚き火の爆ぜる音を聞きながら、これまでの道のりを反芻した。
勇者パーティを追い出され、行き先もなく歩き出したあの日。市場で騒ぎを起こしていた少女に、断りきれずについていったあの日。
商家の対立を眺め、引き裂かれた家族に手紙を届け、小国の危機に立ち向かった。
勇者の後悔を知り、セランの歪んだ執着に触れ、そして――母の愛を思い出した。
「最初に会った時、こんなことになるなんて思わなかった。……ただの変な記録係だと思ってたのに」
「私もです。……ただの、お節介な旅の同行者だと思っていました」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
その笑い声は、かつての刺すような孤独を、優しく溶かしていくような響きを帯びていた。
「ねえ、レイン。……明日、全部終わったら。……どこへ行く?」
リアが、焚き火の熱を手のひらで受け止めるようにして尋ねる。
「……あなたが行きたい場所へ行きます」
「え……? 私が決めていいの?」
「はい。……あなたがいる場所が、私の旅先ですから」
レインの声は、どこまでも平穏だった。
以前なら「効率的な目的地」を探しただろう。だが今の彼にとって、旅とは「どこへ行くか」ではなく「誰の隣にいるか」という、一点に集約されていた。
リアが黙り込んだ。しばらくして、「……ずるいな、レインは」と、泣き出しそうな声で笑った。
深夜。リアが寝息を立て始めた後、レインは一人、夜空の下で感知能力を広げた。
完全解除された力は、もはや無理に絞り出す必要もなかった。
世界の縁が、光の海のように見えている。
明日、その無数の光を結び直す。
恐怖がないと言えば嘘になる。
だが、怖れよりも、「やるべきことが明確だ」という揺るぎない実感が、レインの背中を支えていた。
夜明けが近い。
リアがふと目を覚まし、伸びをしながら立ち上がった。
「……眠れた?」
「少しだけ。……あなたは?」
「ぐっすり! おかげで身体が軽いよ」
リアが眩しい朝日に向かって手を広げた。
「行こうか、レイン」
「ええ。……行きましょう、リアさん」
二人は丘を下り始めた。長い旅の、その先へ。




