第44話:お母さんは、知っていた
封印が完全に解除された翌朝。世界は、昨日までとは全く違う輝きを帯びてレインの目に映っていた。
木々のざわめき、遠くの鳥の声、そして隣を歩くリアの呼吸。そのすべてが、目に見える「光の織物」としてレインの五感に流れ込んでくる。
レインは、隣を歩くリアを静かに見つめた。
これまでの「不完全な感知」では捉えきれなかった、彼女の内側にある聖域。そこには、二つの巨大な断絶が、かつてない鮮明さで横たわっていた。
「……リアさん。立ち止まってください」
「え……? どうしたの、レイン。そんな真剣な顔して」
レインは、リアの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめ、その中心部にある「隠された縁」へと意識を集中させた。
かつて神殿の記録で見た、両国の対立を終わらせるための条件。
両国の血を引き、両国から切り離された者。
その抽象的な言葉が、今、レインの視界の中で具体的な「形」を結んでいく。
「……見えました。あなたに宿されている、本当の縁が」
レインの指先が、空中に漂う光の糸をなぞる。
リアの内側から伸びる糸は、東の大国と西の大国、それぞれの王家の根源へと繋がっていた。それは単なる混血の証明ではない。縁結びの魔力によって意図的に宿された、両国の運命を繋ぎ止めるための「魂の契約」だった。
だが、その契約の糸に重なるようにして、もう一本の、ひどく細く、けれど温かな糸が彼女を包み込んでいた。
「……リアさん。あなたに旅を告げたお母さんは、縁結び師の血筋を持つ方でしたね」
「え……!? なんで、わかるの? お母さんは、魔法なんて使えなかったはずだけど……」
「力は持っていなかった。ですが、記録と知識を受け継いでいたんです。……お母さんは知っていました。あなたが生まれた時から、両国の和平という残酷な宿命を背負わされていることを。……そして、セランのような者が、その力を利用しようと狙っていることも」
レインの言葉に、リアの体が目に見えて強張った。
「お母さんは、あなたに旅を命じたのではありません。……あなたを、旅の中に『隠した』んです」
レインは一歩歩み寄り、リアの手を優しく握った。
「あなたが自分の宿命に絶望せず、それを『自分の意志』で選べるようになるまで。……世界を救うための道具ではなく、一人のリアという人間として、誰かと縁を結べるようになるまで。……そのための時間を、お母さんはあなたに与えたんです」
「……そっか。お母さん、『縁を信じる人に出会えるから』って言ってた。……だから、あの日、レインと会うまで、私は……」
「あなたは、お母さんの願い通り、自分の足でここまで来ました。……丘の上で孤独を話してくれた夜も、昨日、私と約束を交わした時も。……あなたは宿命に流されたのではない。……自分の意志で、私の隣にいることを選んだんです」
リアの瞳から、涙が溢れ出した。
それは悲しみではなかった。
自分がここまで歩いてきたことへの、初めての肯定。
「……そっか。私、ちゃんと選んでたんだ」
リアは涙を拭わないまま、真っ直ぐにレインを見た。
「お母さんのことは、もっと知りたかった。……でも、今ならわかる。お母さんが信じた通りに、私はここにいる」
一呼吸置いて、リアが笑った。
泣き顔のまま、けれどそれまでの人生で一番、自分の意志が宿った笑顔で。
「……行こう、レイン。私が、決着をつける」
レインはリアの手を握り、決戦の地へと歩み出した。




