第42話:世界より、あなたを選びます
セランの館を包囲する森の奥。激しい前哨戦を終え、一時身を潜めていた二人の前に、場違いなほど豪奢な装束を纏った一団が現れた。
東の大国、そして西の大国。
かつては互いに背を向け、血を流し合っていた両国の使者が、奇妙な均衡を保ちながら並び立っている。彼らの視線は、泥に汚れながらも凛として立つレインと、その隣で肩を震わせるリアに注がれた。
「縁結び師の末裔よ。そして、呪われし『鍵』の娘よ」
東の使者が、銀の縁取りがなされた書状を差し出す。
「我が国は、お前たちの力を正当に評価することに決めた。セランの暴挙を止め、その娘を我が国の庇護下に置くのであれば、お前の指名手配を取り消し、望む限りの富と地位を約束しよう」
すかさず、西の使者も身を乗り出した。
「甘言に乗るな。西こそが、お前たちの真の居場所だ。その娘の血を解析し、和平の触媒として『管理』することで、世界は救われる。……お前も、役立たずと蔑まれる日々から、真に解放されるのだ」
レインは静かに、両国の使者を見つめた。
感知能力が、彼らの言葉の裏にある「縁」の形を暴き出す。
それは、和平を願う光ではない。
リアという存在を「便利な道具」として解体し、縁結び師の力を「戦略兵器」として独占しようとする、肥大化した欲望の鎖だ。
「……お断りします」
レインの声は、これまでで最も低く、そして澄んでいた。
使者たちの顔が、驚愕に凍りつく。
「何を言う。これは世界を救うための、唯一の道なのだぞ!」
「いいえ。あなたがたが求めているのは救済ではなく、支配の延長です」
レインが一歩、リアを庇うように前に出る。
「リアさんは、鍵でも、触媒でも、ましてや管理されるべき器でもありません。……彼女は、私と共に歩み、共に笑い、共に明日を夢見る、かけがえのない一人の人間です」
レインの胸の奥で、最後の一層となっていた封印の殻が、怒りと決意の熱で激しく震えた。
「彼女を道具として扱うことが和平の条件だと言うのなら、私はあなたがたの要求には一切応じません。……縁とは、誰かの命令で繋ぐものではなく、互いを思う心で育むものだからです」
使者たちは押し黙った。
一人の青年の放つ、国家という巨大な壁さえも透過するような、圧倒的な「個」の意志。そこに介在する余地など、最初からなかったのだ。
使者たちが吐き捨てるように去っていった後、リアがそっとレインの袖を掴んだ。
「……よかったの? 世界中を敵に回しちゃったかもしれないよ」
「敵ではありません。……ただ、彼らが忘れてしまった『当たり前のこと』を指摘しただけです」
レインは振り返り、リアの琥珀色の瞳を見つめた。
「……あなたを守ると、決めましたから」
リアが、驚いたように瞬きをし、それから頬を赤らめて小さく笑った。
翳りも、覚悟も、すべてを超えた先にある、照れたような、けれど確かな幸せの色をした笑顔。
明日、館へ向かう。それだけが、今のレインに確かなことだった。




