第4話:なぜか、隣にいる
翌朝。同じ宿の別々の部屋から出てきた二人は、廊下で鉢合わせた。
「おはよ、レイン! よく眠れた?」
「……おはようございます、リアさん。概ね、良好です」
眩しいほどの笑顔で挨拶するリアに対し、レインはいつものように丁寧すぎる礼を返す。そこには、まだ解消しきれない微妙な距離感と、レイン特有の困惑が混じっていた。
町を出て街道を歩き始めると、二人の歩みの違いはより鮮明になった。
「わあ、見てレイン! この花、すっごく変な形!」
「……それは薬草の一種ですね。リアさん、先を急ぎませんか」
道端の小さな変化にいちいち立ち止まるリア。対してレインは、一定の歩幅で効率的に進もうとする。
広場の露店を見つければ、リアは吸い寄せられるように食べ物を買い食いし、レインはその横で、残り少ない旅資金の計算を羊皮紙に書き留めている。
まるで噛み合わない歯車のようだった。
それなのに、不思議と二人の距離が離れることはなかった。レインが足を速めればリアが小走りで追いつき、リアが道草を食えばレインが静かにその場で待っている。
昼休憩、川沿いの草原に腰を下ろしたときのことだ。
対岸の茂みで、小さな子供が声を上げて泣いていた。どうやら親とはぐれてしまったらしい。
「あ、あの子……」
リアが心配そうに立ち上がろうとした。だが、それより早く、レインが川のさらに上流の方を見つめて呟いた。
「……もう、大丈夫ですよ」
「え?」
数秒後、レインの視線の先から、必死な顔をした母親が走ってきた。母親は泣きじゃくる子供を見つけると、強く抱きしめた。
リアは目を丸くしてレインを振り返った。
「なんでわかったの? まだ姿も見えてなかったのに、お母さんが来るって」
「……いえ。なんとなく、そうなる気がしただけです」
レインは視線を落とし、水筒の蓋を閉めた。
嘘ではない。ただ、説明ができなかった。
泣いている子供の胸から伸びた「縁の糸」が、上流から近づく温かな光の塊と、磁石のように強く引き合っているのが見えたのだ。それは「確信」というより、自然な現象としてレインの目に映っていた。
リアはレインをじっと見つめた。
探るような、けれどどこか安心したような、複雑な琥珀色の瞳。
「レインって、不思議だね」
夕方の街道。長く伸びる二人の影。
リアが歩きながら、ぽつりと零した。
「……そうですか。私は、どこにでもいるただの記録係ですが」
「あはは、そんなわけないじゃん!」
リアが明るく笑う。
だが、その笑い声の余韻が消える間際。
夕日に照らされた彼女の横顔に、一瞬だけ、深い夜のような翳りが走った。視線の焦点が、どこか遠い場所へとずれていた。
それは、見落としてしまいそうなほど微かな揺らぎ。
レインの感知能力が、彼女の内側で絡まり合った「糸」の震えに、わずかに遅れて触れた。
(……今のは?)
問いかけようとして、言葉を飲み込んだ。
今のレインには、その翳りの理由を尋ねる権利も、言葉も持っていない。
リアは何事もなかったかのように、また鼻歌を歌いながら歩き出す。
その後ろ姿を追いながら、レインは昨日よりも重みを増した「縁」の感覚を、静かに噛み締めていた。




