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第3話:断れなかった、それだけです

 村を離れ、数日。レインがたどり着いたのは、街道の要所に位置する活気ある町だった。

 石畳の道には馬車の車輪の音が響き、市場からは威勢のいい声が聞こえてくる。だが、レインにとってはそれも遠い世界の出来事のように感じられた。


(宿を探して、明日の食事を確保して……また、歩き出すだけです)


 自分に言い聞かせるように思考を整理しながら、人混みを避けて路地裏へ入った。その時だった。


「……だから、これは私の荷物だって言ってるでしょ! しつこいなぁ!」


 鋭い、けれどどこか鈴の鳴るような澄んだ声が路地の奥から響いた。

 覗き込むと、そこには三人の屈強な男たちに囲まれた一人の少女がいた。


 明るい茶髪を跳ねさせ、琥珀色の瞳を爛々と輝かせている。怯えるどころか、腰に手を当てて男たちを真っ向から睨みつけていた。

 対する男たちは苛立たしげに獲物を探るような目をしている。明らかに状況は悪化していた。


 レインは一瞬、足を止めた。

 自分にできることはない。戦う力も、彼らを威圧する体格もない。

 だが、四人の間に走る「感覚」に、放っておけない不快さを感じた。


 男たちの下卑た欲望と、少女の孤立。その間に、黒く濁った澱のような糸が絡みつこうとしている。


「……あの、失礼します」


 レインは静かに、しかしはっきりとした足取りで四人の間に割って入った。

 男たちがぎょっとしてレインを見る。


「なんだ、テメエは。邪魔する気か?」

「いえ、邪魔をするつもりはありません。ただ、三人と一人では不公平だと思いまして。法務官の詰所がすぐそこにあるようですので、そちらで詳しくお話を伺うのはいかがでしょうか」


 レインは極めて丁寧な口調で、詰所の方角を指差した。

 その灰色の瞳には、恐怖も敵意もない。ただ「淡々と事実を述べている」という異様なまでの落ち着きがあった。男たちは、目の前の青年の底知れなさに毒気を抜かれたのか、舌打ちをしながら路地の奥へと去っていった。


「ふぅ……あー、びっくりした」


 少女が大きく伸びをして、レインを振り返った。

 琥珀色の瞳が、驚いたように瞬く。


「ありがとう! 助かったよ。私はリア。あなたは?」

「……レインです」

「レインね! いい名前。それで、レインはどこへ行くの?」

「……決めていません。当面は、宿を探そうかと」


 レインが丁寧に応じると、リアの顔がパッと輝いた。


「じゃあ、一緒に行こう!」

「……え?」

「私も一人旅なんだ。話し相手が欲しかったところだし。決まり!」


 リアはレインの返事も待たず、軽やかな足取りで歩き出した。


「待ってください。私は一人での行動に慣れていますし、丁寧にお断りする理由が三つあります。第一に、私はあなたの素性を知りません。第二に、私は足が遅いかもしれません。第三に――」

「あ、あそこに美味しそうな串焼きがある! レイン、食べようよ!」

「……聞いていらっしゃいますか?」


 リアはすでに露店の方へ走っている。

 レインは溜息をつき、困惑しながらその後を追った。なぜ断りきれずに追っているのか、自分でも説明がつかない。


 ただ、彼女の背中を追う視線の先で、微かに見えた。

 リアの周囲に漂う、他の誰とも違う複雑な光の糸。

 それは、今までの誰よりも鮮やかで、けれど迷路のように幾重にも絡まり合っていた。


「レイン、早く早く!」


 振り返って笑うリアの笑顔に、レインは言葉を飲み込んだ。


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