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第39話:翳りが、覚悟に変わった

 セランの根拠地を目前に控えた、最後の野営地。焚き火の爆ぜる音が、爆薬の導火線のようにレインの鼓動を急かしていた。


「……ねえ、聞いていい? レイン」


 膝を抱え、火影を見つめていたリアが静かに口を開いた。


「私が『鍵』の役割を果たしたら……何が起きるの?」


 レインは神殿の記録を、努めて淡々と、事実だけを述べるように答えた。両国の縁が結ばれること。対立が解消されること。そして、リアが自由になること。

 だが、リアは自嘲気味に笑い、それまで誰にも見せなかった心の深淵をさらけ出した。


「……ずっと、考えてたんだ。どこにも属せないなら、いっそ最初からいなかったことになればいい。消えてしまえば、楽になれるのにって」


 その瞬間、レインの思考が真っ白に染まった。

 

(……消えて、しまう?)


 指先が、氷を掴んだように急速に冷えていく。


 レインは息を呑んだ。

 天真爛漫な笑顔の裏側で、彼女がどれほど深く、自分自身の存在を否定し続けてきたのか。その深淵に、ようやく指先が触れた気がした。


(……嫌だ)

 

 論理も、役割も、縁結び師としての使命も、すべてがその一言に塗りつぶされる。

 

「消えたいんじゃなくて、いたかったんだ。誰かの隣に。……それがわかったから、今は少しだけ怖い。役割を終えた後に、ちゃんと『私』がここに残れるのかって」


 リアの声が震えた瞬間、レインの視界が歪んだ。

 彼女の「死」という概念が、具体性を伴ってレインの胸に突き刺さる。

 

 レインは自分の胸を強く押さえた。

 心臓が、肋骨を内側から叩き壊そうとするほど激しく暴れている。これまで他者の縁を冷静に眺めてきたその瞳が、今、自分自身の内側で燃え盛る「喪失への恐怖」に焼かれていた。

 

 あの日、勇者パーティを追い出された時の孤独など、これに比べれば安息に等しかった。

 彼女がいない世界。その景色を想像しただけで、立っていられなくなるほどの眩暈が彼を襲う。


「……います。必ず、ここにいます」

 

 絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、震えていた。

 レインは一歩、吸い寄せられるように彼女に歩み寄り、その肩を掴んだ。

 

「覚悟が変わりました。……あなたが消えてしまうかもしれない。その可能性を考えるだけで、……私は、息ができなくなる」

 レインは、自分の指先に伝わる彼女の微かな体温を確認するように、力を込めた。

 

「私は、あなたを失いたくない。世界を救うことよりも、あなたが明日も隣で笑っていることの方が、今の私には……ずっと重いんです」


 初めて、自分の感情に名前がついた。

 それは慈愛でも使命感でもない。

 剥き出しの執着であり、彼女という唯一無二の縁を、何があっても手放さないという傲慢なまでの「生」への願いだった。


 リアは驚いたように目を丸くし、それから――今日一番の、そしてこれまでで最も自由な笑顔を見せた。


「……約束ね」

「約束します。……明日が終わっても、旅は続きます」


 焚き火の熱が、ようやく冷え切っていたレインの身体に戻ってくる。

 

 世界を救う「縁結び師」ではなく、ただ、隣にいる少女の未来を守りたいと願う一人の男として。

 レインは彼女の手を、二度と離さないと誓うように、静かに、そして強く握りしめた。


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