第38話:あの男にも、失った縁があった
セランの根拠地にほど近い、灰色に沈んだ町。
ここは古くから彼の勢力下にある場所で、行き交う人々の口数は極端に少なく、誰もが何かに怯えるように足早に通り過ぎていく。
情報を集めるべく立ち寄った古い酒場で、レインは一人の老人に声をかけた。かつてセランの屋敷で働いていたというその老人は、濁った瞳で遠い過去をなぞるように語り始めた。
「……あの方も、昔はあんなではなかった。むしろ、誰よりも縁というものを信じ、大切になさっていたよ」
語られたのは、三十年前の悲劇だった。
若き日のセランは、縁結び師の手によって、ある女性と深く結ばれた。それは運命と呼ぶにふさわしい、一点の曇りもない絆だったという。
だが、その縁の強さが仇となった。
女性は東の大国の政争に巻き込まれ、彼女を人質に取られたセランは、彼女の命を救うために友を裏切り、同胞を売ることを強要された。
「あの方は、彼女を救えなかった。……それどころか、結ばれた縁があったからこそ、彼女を失った時の絶望が、毒のようにあの方の魂を焼き尽くしてしまったんだ」
縁があるから、失った時に狂うほどの痛みが生まれる。
繋がっているから、それを引き裂かれた時に人は壊れる。
セランが出した結論は、あまりにも歪で、あまりにも孤独なものだった。
『……縁など、人が人を縛るための鎖に過ぎない。ならば、私がその鎖の鍵を握ろう。……痛みを生む縁を断ち切り、私が望む形に世界を編み直す。それが、この悲劇を繰り返さない唯一の道だ』
レインは静かに聞いていた。
感知能力が、町を覆う冷徹な光の質を捉える。
それは、もはや誰とも繋がろうとしない、徹底的な「拒絶」の意志。
セランが求めているのは、縁結びの力の完全な制御。それは愛を育むためではなく、痛みを恐れるがゆえの、完璧な「支配」だった。
「……そうですか。哀れな方ですね」
レインの口から漏れたのは、怒りではなく、深い溜息のような言葉だった。
「哀れ? あんなに酷いことをしているのに?」
リアが驚いたように問いかける。
「はい。……彼は、三十年前のあの日から一歩も動けずにいる。……傷ついたまま、その傷を癒やす代わりに、世界中の縁を自分と同じように冷たく、動かないものに変えようとしているんです。……それは、あまりにも孤独な試みです」
レインの視界には、セランの根拠地から伸びる、漆黒の太い糸が見えていた。
それはかつての愛した人へと繋がっているが、その先は虚空に消えている。断ち切られた場所を、彼は自らの魔力で繋ぎ止め、その痛みに今も苛まれ続けている。
「……行きましょう、リアさん」
「……うん。レイン、なんだか前よりずっと、あいつのことが見えてるみたいだね」
「見たくはありませんでした。……ですが、見えてしまった以上、終わらせなければなりません。……彼の、止まった時間を」
宿に戻る夜道。レインの感知能力は、己の内側にある封印の殻が、かつてないほど激しく熱を帯びているのを感じていた。
セランの絶望を終わらせるには、より強い「縁の真実」を突きつけるしかない。




