第34話:約束します
セランの追跡を逃れ、二人は国境近くの寂れた村の空き家に身を潜めていた。
窓の外では夜風が木々を揺らし、遠くで獣の鳴き声が聞こえる。室内を照らすのは、古びた暖炉で爆ぜる小さな火影だけだった。
「……リアさん。話さなければならないことがあります」
レインの声は、自分でも驚くほど静かだった。
「今日のあなたは、あの丘の上とは違って見えます」
リアは暖炉の前に座り、膝を抱えたままじっと火を見つめていた。彼女の周囲にある縁の糸が、かつてないほど繊細に、震える竪琴の弦のように波打っている。
レインは、神殿で見つけた記録のすべてを話した。
二大国の対立を終わらせるための条件。両国の血を引き、どこにも属せぬ「空白の器」が必要であること。そして――。
「……あなたが、その条件に当てはまります」
言葉が落ちた瞬間、部屋を支配していた静寂がより一層深まった。
レインの感知能力は、リアの内側を克明に捉える。激しい動揺。だが、それ以上に重く横たわっていたのは、ある種の「納得」だった。
「……知ってたよ」
リアがぽつりと零した。
驚いたのはレインの方だった。
「え……?」
「全部じゃないけど、なんとなく。……自分がこの旅をしていることに、きっと重い意味があるんだろうなって。……だから、あの日レインについていったんだと思う。……私が私であることに、理由が欲しかったから」
リアがゆっくりと顔を上げた。
火影に照らされたその表情は、いつもの天真爛漫な少女のものではない。すべてを受け入れ、自分の足で運命の淵に立とうとする、一人の女性の覚悟に満ちていた。
「怖くないと言えば嘘になる。……どこにも属せないまま消えてしまうよりは、世界の役に立って終わる方が、マシなのかなって思ったこともあるよ」
「……終わりではありません」
レインが、リアの言葉を遮った。
一歩歩み寄り、彼女の正面に跪く。
「あなたが役割を果たした後も、旅は続きます。……私が、続けさせます。両国の縁を結ぶための『道具』としてではなく、一人のリアという人間として、明日を笑える場所へ。……必ず、私が連れて行きます」
リアの琥珀色の瞳が、大きく見開かれた。
彼女が欲しかったのは、世界を救う名誉でも、宿命の肯定でもなかった。
役割を終えたその先にも、自分の居場所があるという「約束」だった。
「……約束ね」
「約束します。……私が、あなたの縁になります」
二人の間にある縁が、レインの視界の中でかつてないほど眩しく輝いた。
それは国家や歴史が定めた「鍵」としての光ではない。
互いの欠落を埋め合い、共に明日を見ようとする、純粋で強固な「個」の結びつき。
リアが笑った。
涙で滲んだその笑顔には、もうあの時のような翳りは一切なかった。
「……ありがとう、レイン。……私、もう迷わないよ」
外の風が止み、夜が静かに明けていく。




