第31話:根源が、見えた
地図の空白地帯。かつて神殿の壁画から読み取った微かな文様の導きに従い、二人は深い原始の森へと分け入っていた。
三日。人との縁が完全に途絶えたその道中で、二人の会話はかつてないほどに深く、静かなものへと変わっていた。
「ねえ、レイン。……レインと旅して、本当によかった」
焚き火を囲む夜、リアが不意に零した。
「……私もです。一人で歩いていた頃には、見えなかった景色ばかりでしたから」
以前なら「効率的な旅でした」と答えていただろう。だが今のレインは、隣にいる少女の体温を、自分自身の「縁」として確かに感じ取っていた。
四日目の朝。霧の晴れ間に、その場所は現れた。
これまで見てきたどの遺跡よりも巨大で、荘厳な神殿。入り口を飾る彫像は、苦しみも喜びもすべてを包み込むような慈愛に満ちた表情を浮かべている。
中に入ると、壁一面に「縁結び師」の歴史が、光り輝く石の記録として刻まれていた。
能力の系譜。繋いできた国々の興亡。そして――。
「……封印の、術式」
レインは吸い寄せられるように、奥の祭壇にある漆黒の石盤へと歩み寄った。
触れる前から、全身の血管が逆流するような強烈な拒絶反応が彼を襲う。この石盤こそが、自分の内側にある「壁」の雛形であり、根源なのだ。
レインは震える指先を伸ばし、石盤に触れた。
刹那、視界が暗転する。
これまでの断片的な記憶ではない。封印をかけられた「あの日」の情景が、濁流となって脳内に流れ込んできた。
冷たい石の床。
自分を囲む、セランと数人の魔導師。
そして、自分の力を根こそぎ引き剥がし、漆黒の檻へと閉じ込める術の感触。
痛みではない。自分という存在の「中心」が、何重もの鍵をかけられ、遠ざかっていく絶望的な寂寥感。
(……ここだ。私の欠落の、始まりの場所)
レインは石盤から手を離し、激しく喘いだ。
だが、その瞳にはこれまでのような恐怖はなかった。
感知能力のさらに奥底。
これまでは「超えられない壁」だと思っていたものの正体が、今ははっきりと見えていた。それは、セランが植え付けた「自分は無価値だ」という呪いそのものだった。
「……解ける?」
リアが、固唾を飲んで見守っていた。
「……時間はかかります。ですが、解ける気がします。……場所は、もうわかりましたから」
レインの声には、静かな、しかし決して折れない鉄のような意志が宿っていた。
「大丈夫な根拠、聞いてもいい?」
「……あなたが、諦めないと言ってくれたからです」
リアが驚いたように目を丸くし、それから最高の笑顔で頷いた。
「……当たり前じゃん。最後まで、付き合うって決めてるんだから」
(……ただ、その先に何かが待っている気がした。この旅を、根底から変えるような何かが)
神殿を出る二人の背後に、かつてのような迷いはない。




