↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
29/50

第29話:この国が、壊れていく

 二大国の国境に挟まれた、美しい石造りの小国。

 その平穏は、たった一枚の書状によって無残に引き裂かれた。


 東の大国からの最後通牒。

『三日以内に我らへの忠誠を誓え。さもなくば、西の協力者と見なし、全土を灰に帰す』

 西の大国もまた、呼応するように国境へ兵を集結させている。どちらを選んでも地獄、選ばなくとも破滅。逃げ場を失った首都の広場は、パニックに陥った人々の怒号と悲鳴で埋め尽くされていた。


「……ひどい。みんな、自分たちのことしか考えてないみたい」

 リアが顔を顰め、荒れ狂う群衆を見つめる。

 

 だが、レインの視界に映る景色は、リアの言葉とは少しだけ違っていた。

 

(……いえ、違います。揺れていますが、消えてはいません)


 レインの感知能力が、かつてないほどの鋭敏さで町全体を捉えていた。

 恐怖、疑念、保身。それらの黒い泥が、人々の間にある無数の「縁の糸」を覆い隠そうとしている。だが、その泥の下で、糸は必死に拍動を続けていた。

 親が子を抱き寄せる手。商人が隣人の荷を支える肩。長年連れ添った夫婦が、絶望の中で見せ合う一瞬の微笑み。


 レインは目を閉じた。

 意識を集中し、町の深部へと手を伸ばす。

 

(……見えます。この町を一つに繋いでいる、核のような縁が)


 それは個人の感情を超えた、共有された記憶と歴史。この地で共に生き、共に困難を乗り越えてきた「共同体」としての強固な結び目だ。


「リアさん、行きましょう。……指導者たちのところへ」

「え、あんなに揉めてる場所に行くの?」

「……はい。見えてしまった以上、放ってはおけません」


 町の政庁。そこでは、絶望的な議論がループしていた。

 降伏か、抗戦か、あるいは無為な逃亡か。怒鳴り合う老人たちと、頭を抱える若き指導者。そこへ、レインが音もなく入り込んだ。


「……失礼します。旅の記録係として、一言だけ、お伝えしたいことがあります」


 場が静まり返る。場違いなほど丁寧で、それでいて凛としたレインの佇まいに、指導者たちが気圧されたように口を閉じた。


「この町の人々は、まだ繋がっています。……恐怖という泥で見えなくなっているだけで、一人ひとりの胸にある縁は、まだこの町を捨ててはいません」


 レインは真っ直ぐに指導者の目を見つめた。

「その縁を、もう一度思い出させてください。……そうすれば、あなたがたが選ぶべき『第三の道』が見えてくるはずです」


 指導者の手が、微かに震える。

 レインの感知能力は、彼の内側で眠っていた「町への誇り」という光が、再び熱を帯び始めたのを捉えていた。


 政庁を出た二人の背後で、再び議論が始まった。だが今度は、先ほどのような絶望の怒号ではない。


「……うまくいくかな、レイン」

「わかりません。……ですが、縁はあります。それだけで、十分なはずです」


 リアが、隣を歩くレインの横顔をじっと見つめた。

「……レイン、なんだか前よりずっと、大きく見えるよ。……それだけで十分だって、本気で思ってるんだね」


 リアが笑う。その笑顔に、今日は翳りがなかった。

 レインは自分の胸の奥で、かつてないほど巨大な光が渦巻いているのを感じていた。

 

 三日という刻限。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。