第27話:勇者が、何も言わなかった
二大国の緩衝地帯にある活気ある市場。リアが色とりどりの果実を選び、レインがその後ろで荷物を持って控えている。どこにでもある旅の光景だが、二人の間には、あの日以来、言葉にせずとも通じ合う静かな熱があった。
「あ、見てレイン。あっちのリンゴ、すごく赤……」
リアが突然、言葉を切り、人混みの向こうをじっと見つめた。
「……どうしましたか」
「……あいつらだ」
リアの視線の先。市場の中央にある大きな水場の近くに、一際目立つ武装集団がいた。
重厚な鎧を纏った端正な青年。賢そうな杖を携えた術師。そして抜け目なさそうな眼差しの軽装の女。
かつてレインを「足手まとい」として切り捨てた勇者パーティだった。彼らは町の人々に聞き込みをしているようだが、その立ち居振る舞いには、かつての華々しさはなく、どこか荒んだ焦燥感が漂っている。
「……行きましょう、リアさん。別の道を通れば問題ありません」
レインは表情を変えず、静かに踵を返そうとした。だが、リアはその場で足を止め、琥珀色の瞳を細めて彼らを見据えた。
「……待って。ちょっとだけ、見ててもいい?」
「……リアさん?」
「あいつら、どんな顔してるのか見てやりたいんだよ」
リアは人混みの陰に身を隠し、勇者たちの様子を観察した。
勇者が仲間に向かって、苛立たしげに地図を広げている。隣では術師がため息をつき、もう一人は何度も周囲を警戒するように見回していた。
「……全然ダメだ。レインがいた頃は、こんなに伏兵に怯えることも、道に迷うこともなかったのに」
勇者の掠れた声が、風に乗ってリアの耳に届いた。
「あいつが何も言わずに処理してた雑務が、こんなに重いなんて……。俺たちは、あいつをただの記録係だと思い込んでいた……」
勇者の顔には、拭いきれない後悔の色が深く刻まれている。
レインがいなくなって初めて、彼らは気づいたのだ。一度も魔物を倒さなかった青年が、実はパーティの「縁」を繋ぎ、綻びを未然に防いでいた唯一の楔であったことに。
しばらくして、勇者たちは肩を落として市場を去っていった。
リアがレインのもとに戻ってくる。その顔には、どこか晴れ晴れとした、皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
「……やっぱり、あいつら後悔してた。レインがいなくなってから、旅がボロボロなんだってさ。リーダーの人、『間違えた』って言ってたよ」
レインは少しの間、沈黙した。
感知能力が、遠ざかる勇者たちの背中から伸びる、細く震える後悔の糸を捉えていた。
「……そうですか」
「それだけ? もっと喜んでもいいんだよ? ざまあみろってさ」
「……いえ。彼らは正直な人たちです。自分の過ちに気づけたのなら、それでいいと思います。……彼らが私を追い出してくれたおかげで、私はあなたの隣にいるのですから」
レインの言葉には、一切の毒も、強がりもなかった。
ただ、今の自分を形作ってくれた過去への、冷徹なまでの肯定。
リアは一瞬呆気に取られたように目を丸くし、それから可笑しそうに吹き出した。
「……あはは! 本当、レインはすごいね。……そういうところ、嫌いじゃないよ」
市場を出て、再び街道を歩き出す。
リアの笑顔には、もうあの時の翳りはなかった。
過去の否定ではなく、今の自分を丸ごと受け入れたレインの強さが、彼女の孤独をまた一つ、温かな光で溶かしていた。
「……さあ、行こう! 次の町では、もっと美味しいもの食べようね!」
「……ええ。資金の許す範囲で、検討しましょう」
夕日に向かって歩く二人の背中に、かつての仲間の呼び声はもう届かない。
レインの感知能力は、今、隣を歩く少女の心臓の音と、重なり合うようにして結ばれた、新しい「縁」の輝きだけを見つめていた。




