第24話:本当のことが、書いてあった
翌朝。薄暗い神殿の中に、差し込む朝日が細い光の柱を作っていた。
レインは昨夜の衝撃を拭い去るように、深く、静かに息を吐いた。隣に立つリアが、黙って彼の右手を握る。その温もりが、冷え切った指先に微かな勇気を与えていた。
「……行きます」
二度目。覚悟を持って石盤に触れた。
視界が、昨夜よりも鮮明な白光に包まれる。
(……見えた)
記憶の霧が晴れていく。
幼い自分を囲む数人の大人たち。その中心にいたのは、あの「セラン」だった。
セランは、幼いレインの溢れ出す力を恐れていたのではない。
欲していたのだ。
人と人を繋ぐその根源的な力を、自分の意のままに操るための「道具」として。
力が完成する前に、その中心部を鎖で縛り上げる。
意志を奪い、感情を希薄にし、ただ言われるがままに縁を操作する「無機質な装置」へと作り変えるための儀式。それが、あの封印の正体だった。
『……これでいい。お前は何も持たず、何も望まぬ。……私が命じる時まで、その力を眠らせておけ』
セランの冷徹な声が、耳の奥で反響する。
レインは石盤から手を離した。全身が激しく震え、膝をつく。
「……レイン! しっかりして!」
リアが叫び、レインを抱きかかえるように支えた。
「……リアさん。わかりました。……すべて」
レインは、掠れた声で話し始めた。
「私は、封印されていました。……幼い頃、あの男――セランの手によって、私の力は奪われていたんです。勇者パーティで何もできなかったのも、人々の縁に手が届かなかったのも、私が無能だったからではない。……封印されていたからだ」
初めて口にする、自らの過去。
レインは、リアの琥珀色の瞳を見ることができなかった。
かつての仲間から「役立たず」と蔑まれた自分が、実は「力を奪われた被害者」であったという告白が、言い訳のように聞こえるのではないかという、これまでにない恐怖。
だが、リアは驚いてはいなかった。
「……知ってたよ」
「え……?」
驚いて顔を上げたレインに、リアは少しだけ寂しげに、けれど優しく微笑んだ。
(……この人は、最初から私を見ていた)
「全部じゃないけど、なんとなく、そうじゃないかって思ってた。レインが見ている景色は、普通の人のそれとは全然違う。……そこに、誰かが無理やり蓋をしているような、そんな不自然さをずっと感じてたから」
リアの手が、レインの頬に触れた。
「封印……解けるの?」
「……わかりません。でも、遺産に触れるたびに、あの壁に亀裂が入るのを感じます。……まだ完全ではありませんが、少しずつ、本来の自分に戻っている気がするんです」
リアは力強く頷いた。
「じゃあ、旅を続ければいい。……レインがレインに戻るまで、私が隣にいるから」
その言葉の潔さに、レインの胸の奥で、長年凍りついていた何かが音を立てて溶け出した。
役立たずではなかった。
封印されていただけだ。
その事実は、これまでの絶望を塗りつぶすには十分だった。
神殿を出る二人の背後に、かつてのような「迷い」はもうなかった。
壁の向こう側で、本来の力が、静かに、しかし確実にその脈動を強めている。




