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第22話:まだ、届かない

 さらに国境の深部へと進んだ村で、二人は一つの「断絶」に出会った。

 かつては家族同然に寄り添って生きてきた二つの農家。だが今、その間には目に見えない深い溝が横たわっている。


 一方は東の大国に過酷な徴税を強いられ、困窮の果てに西を呪う家族。もう一方は、生き延びるために西の大国へ物資を流し、東に与する隣人を「時代遅れの頑固者」と切り捨てた家族。


「……会いに行こう、レイン。あの人たち、本当は寂しそうな顔をしてるよ」

 リアの言葉に頷き、レインはまず東側の家を訪ねた。


 家の主は、泥に汚れた手で顔を覆い、呻くように吐き捨てた。

「……あいつらは裏切り者だ。自分たちだけが助かればいいと思っている。三年前、あいつの息子が病気になったとき、俺がどれだけ薬草を探し回ったか……。そんな縁、もう忘れたよ」


 次に訪ねた西側の家では、主人が防衛本能を剥き出しにして、せせら笑った。

「……仕方なかったんだ。東に義理を立てて一家心中しろとでも言うのか? あいつらの顔を見ると、自分が悪いことをしているような気分になる。……だから、もう見たくないんだ」


 レインの視界には、二つの家族の間にある「縁」が、激しく火花を散らしているのが見えていた。

 憎しみではない。その奥にあるのは、共有していた過去を汚されたことへの「悲しみ」だ。

 二つの家族の根底にあるものは同じ。だが、その上に積み重なった恐怖と疑念の層が、あまりにも厚すぎた。


(……繋ぎます。以前のように)


 レインは集中した。

 右手を伸ばし、空間に漂う銀色の糸を手繰り寄せようとする。

 

 だが、指先が糸に触れる直前。

 漆黒の泥のような「拒絶」の渦が、レインの力を跳ね返した。


「……っ!」

 

 衝撃が全身を走り、レインはよろめいた。

 右手の感覚が、また根元から消えていく。

 

 何度も試みた。言葉をかけ、縁の震えを増幅させようとした。

 だが、二つの家族を覆う国家の影は、個人の情愛よりも遥かに巨大で、冷酷だった。レインの細い指先がどれほど光を放とうとも、その圧倒的な闇を払い除けるには至らない。


「……届きません」

 レインは、力なく手を降ろした。

 初めて、自分の能力の限界を言葉にした。


「……レイン?」

 心配そうに駆け寄るリアに、レインは蒼白な顔で首を振った。

「今の私には、届きません。……縁はそこにあります。切れてもいません。ですが、私の力が足りない。……この厚い疑念を突き破るだけの力が、私にはないんです」


 村を出る街道。夕闇が迫り、二人の背後で村の灯りが一つ、また一つと消えていく。

 和解は果たせなかった。二つの家族は、依然として互いに背を向けたまま、闇の中に沈んでいる。


「……悔しいね」

 リアが、隣を歩きながらぽつりと零した。

「……悔しい、という感情なのかはわかりません。ただ、自分が無力であることを、これほど痛感したことはありませんでした」


 レインは動かない右手を左手で押さえた。

 封印。あの遺跡で感じた、内側にある強固な「壁」。

 あれが解ければ、届くのだろうか。

 国家という巨大な断絶さえも、結び直すことができるのだろうか。


「いつか、きっと届くよ。レインなら」

 リアが、根拠のない、けれど温かな確信を持って言った。

 

 レインはその言葉を、ただ静かに聞き流すことはできなかった。

 自分の能力への期待。そして、それを阻む封印への焦燥。

 

 「役立たず」という諦めは、もうどこにもない。

 届かなかったという事実は、レインの胸に、かつてないほど激しい「渇望」の炎を灯していた。


(封印を、解かなければならない。私が、私であるために)


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