第20話:また、歩き出す
数週間を過ごした小国群。その最後となる、活気ある町を離れる朝が来た。
数週間の滞在。それは追放されたばかりのレインにとって、かつての勇者パーティという狭い世界では決して得られなかった「人との繋がり」を知る時間でもあった。
町の出口。そこには、朝の冷気をついて集まった数組の人影があった。
仲違いを解消し、再び並んで歩くようになった老農夫と商人。かつて対立していた二つの商家の店主たち。そして、レインを「不思議な旅人さん」と呼んで慕っていた子供たち。
「レイン、リア! これ、持っていきなさい。道中の足しになるよ」
老夫婦が、焼きたてのパンを布に包んで差し出す。レインはいつものように、丁寧な動作で深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。大切にいただきます」
リアは子供たちに囲まれ、一人ひとりを抱きしめて別れを惜しんでいる。
「またね! 絶対また遊びに来るから!」
彼女の笑顔は、朝日を受けて眩しく輝いている。けれど、子供たちが「行かないで」と服の裾を引くたび、彼女の瞳は一瞬だけ、遠いどこかを見つめていた。
レインの感知能力が、その瞬間を鮮明に捉える。
リアの内側にある深い「断絶」。
人々の温かな笑顔に触れるたび、彼女の中にある「どこにも属せない自分」という棘が、彼女自身を鋭く刺している。自分だけがこの光の輪の外側にいる――そんな絶望に似た孤独が、彼女の笑顔の裏側で疼いている。
(……あなたは、まだ独りで耐えているのですね)
町を出て、街道を数キロ歩いたところで、レインは立ち止まって振り返った。
遠く、町の城門が霞んで見える。
勇者パーティを追い出されたあの日、自分はただ「行き先のない空っぽの存在」だった。けれど今は違う。繋いできた縁が、確かに自分の背中を押しているのを感じる。
そして何より、隣には自分と同じ孤独を抱えた少女がいる。
「レイン? どうしたの、急に止まって」
「……いえ。少し、旅の重みが変わった気がしただけです」
「あはは、何それ。哲学的?」
リアが笑う。その笑顔に混じる微かな翳りを、レインは今度こそ見逃さなかった。
自分も、かつては縁の外にいた。封印によって感情を、可能性を閉じ込められていた。
だからこそ、わかる。
彼女の孤独を解くのは、言葉ではない。共に歩き続けるという「事実」だけなのだと。
「……リアさん。次は二大国の影響が強い地域に入ります。これまで以上に、難しい旅になるかもしれません」
「大丈夫だよ。なんとかなるって」
「根拠はありますか」
「……あるよ。レインがいるから」
リアが事もなげに言った。
その言葉に含まれた純粋な信頼の重さに、レインは一瞬、呼吸を忘れた。
感知能力が、二人の間にある「縁」が、以前よりも太く、静かな熱を帯びて拍動しているのを告げている。
彼女の言葉には、まだ自分が知らない意味がある。
それを解き明かすために、そして彼女を孤独の淵から救い出すために。
「……行きましょう。次の場所へ」
「うん! レッツゴー!」
朝日に向かって歩き出す二人の影が、長く街道に伸びていく。




