第19話:追われている、という確信
遺跡を下り、街道に戻った二人を待っていたのは、これまでとは明らかに質の異なる「重圧」だった。
人通りが絶え、鳥の声さえ聞こえない不自然な静寂。立ち込める夕霧の向こう側から、鉄の匂いが風に乗って流れてくる。
「……レイン、止まって」
リアが鋭い声で制した。彼女の指差す先、街道の中央を数人の影が塞いでいる。
黒い外套を深く被り、腰には抜き身に近い剣を帯びた男たち。先日、町で見かけた監視役とは違う。彼らは最初から、獲物を逃がさぬための「網」としてそこにいた。
「ここから先へは行かせない。大人しく戻れ」
先頭に立つ男が、低く濁った声で告げる。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか。私たちはただの旅人です」
レインは努めて平静を保ち、一歩前に出た。だが、男の返答はなかった。ただ、一斉に剣を抜き、扇状に広がって距離を詰めてくる。
(……来る)
レインは目を閉じた。
遺跡で触れたあの感覚――「壁」の向こう側で脈打つ本来の力を、無理やり引きずり出すように集中する。
視界が、光の網に覆われる。
男たちの間にある「縁」が見えた。
それは強固な主従関係ではない。金や恐怖、あるいは単なる義務で結ばれた、脆く、付け入る隙の多い糸だ。
「……あなたは、本当はここにいたくないはずです」
「な、何を――」
レインの視線が、一人の男を射抜いた。
その男の胸から伸びる糸は、故郷にある小さな温もりへと必死に繋がろうと震えていた。
レインがその震えに、意識の端をそっと添える。
ただ、それだけ。
「っ、うわああ!」
男が突然、剣を投げ出して頭を抱えた。自分でも気づかぬうちに、心の奥底に押し込めていた「帰りたさ」が、レインの介入によって爆発的に膨れ上がったのだ。
集団の足並みが、一瞬だけ乱れる。
「今だよ、レイン!」
リアが叫ぶと同時に、懐から取り出した小さな玉を地面に叩きつけた。
凄まじい勢いで噴き出す白煙。護身用の煙幕だ。
「……失礼します」
レインは混乱する男たちの間を縫うように、リアの手を引いて走り出した。
背後で怒号が響くが、一度乱れた「網」は、そう簡単には元に戻らない。
深い森の中まで駆け込み、ようやく二人は息を整えた。
リアが膝をつき、肩を上下させて笑う。
「……あはは、マジで危なかった。あの煙幕、高かったんだからね」
「助かりました、リアさん。……あの方々、本気でしたね」
レインは自分の右手を見つめた。
先ほどの介入。ほんの一瞬、封印の壁に小さな穴が開いたような感覚があった。
右手の感覚が根元から消えていた。指を動かそうとしても、命令が届かない。
封印の壁に無理やり穴を開けようとした代償が、じわじわと全身に広がっている。それでも、穴は確かに開いた。
「……あの方、私たちの行動を完全に把握しています」
「そうだね。……でも、レイン。さっきの、すごかったよ。あいつら、戦う前から負けてたみたいだった」
リアの琥珀色の瞳が、月明かりを反射して鋭く光る。
妨害はこれからさらに激しさを増すだろう。
「封印」を自覚した自分を、あの男はもう「欠陥品」としては扱わない。
旅の終着点がどこにあるのかはまだ見えない。だが、そこへ至る道が、血と鉄の匂いに塗れたものになることだけは、レインにもはっきりと理解できていた。
「……行きましょう。立ち止まれば、また囲まれます」
「うん。……ねえ、次は絶対、私がもっといい煙幕作ってあげるから!」
無理に明るく振る舞うリアの声が、夜の森に消えていった。
レインは彼女の手を離さぬよう、より強く握りしめた。




