第17話:伝説は、呪いに似ていた
石畳の道、歴史を物語る煤けた外壁。二人が足を踏み入れたのは、他の小国とは明らかに一線を画す、古い伝統が息づく国だった。
町の中心には、天を突くような尖塔を持つ古い神殿が鎮座している。そこは「縁結びの神」を祀る場所として、遠方からも巡礼者が訪れる聖域だという。
「……ねえ、レイン。あそこ、行ってみようよ」
リアの提案に、レインは小さく頷いた。自分を追う「セラン」の影、そして内側に広がり始めた名状しがたい熱。それらの正体を知るためのヒントが、あの古い石造りの建物の中にある予感があった。
神殿の奥、微かに香の高貴な匂いが漂う一室で、二人は老いた神官と向き合った。
神官は、レインの灰色の瞳をじっと見つめ、静かに語り始めた。
「……かつてこの国が二つの勢力に引き裂かれ、血が流されようとした時。一人の『縁結び師』がこの地を訪れたという伝説があります」
「縁結び師……」
レインの喉が、無意識にその言葉をなぞる。
「その者は、人々の間にある憎しみや恐怖という濁りを払い、忘れ去られていた『縁』を結び直した。そうして国は救われ、その者はまた、風のように旅立っていった……。それ以来、この国では縁を繋ぐことが何よりの徳とされているのです」
レインは静かに聞いていた。
人と人を繋ぎ直す力。伝説の中の存在。
だが、神官の話が終わった瞬間、老人の濁った瞳が鋭い光を帯びてレインを射抜いた。
「……若き旅人よ。あなた、もしかして」
言いかけて、神官は言葉を止めた。その視線は、レインの周囲を浮遊する目に見えない「光の濃淡」を探っているようだった。
「……いえ。失礼しました。縁結び師に似た、あまりにも静かで、透徹した気配を感じたものですから。……気のせいでしょうな。あの血脈は、とうに絶えたと聞きます」
神殿を出た後、外の冷たい空気が頬を撫でる。
隣を歩くリアが、いつになく真剣な、それでいて何かに怯えるような瞳でレインを見つめていた。
「ねえ、レイン。……レインってさ、本当は『縁結び師』なんじゃないの?」
「……そんなはずはありません。私は、勇者パーティを追い出された役立たずの記録係です」
レインはいつものように、丁寧な拒絶を返した。
だが、リアは足を止め、真っ向からレインの視線を捕らえた。
「気のせいじゃないと思う。あのおじいさんも、何かを感じてた。……レインが人々の間にある『何か』を変えていくのを、私はずっと隣で見てきたんだよ」
二人の間に、重い沈黙が落ちた。
夕闇が迫る神殿の広場で、レインは自分の心音を聴いていた。
縁結び師。
伝説に語られる、神聖で、巨大な役割。
自分に見えているこの忌々しいほど鮮明な「糸」が、もしその力なのだとしたら。
かつて、自分を切り離したあの男の「封印」という言葉。
レインの記憶の奥底で、泥に埋もれていた何かが、また一つ、嫌な音を立てて剥がれ落ちた。
「……帰りましょう、リアさん。夜が来ます」
レインは逃げるように歩き出した。
その背中を、リアはしばらく無言で見つめていた。レインには、彼女がどんな表情をしているのか、もう見えなかった。




