第15話:初めて、殺意の縁を見た
次の小国へと足を踏み入れた直後のことだった。
のどかな田園風景が広がる街道の真ん中で、まるでそこだけ時間が止まったかのように、一団が立ちふさがっていた。
中心に立つのは、上等な絹の法衣を纏った五十代ほどの男。白髪混じりの黒髪を整え、穏やかですらある笑みを浮かべている。だが、その背後に控える数人の従者たちは、一様に無機質な殺気を放っていた。
レインは足を止めた。
見覚えがある。泥の中に沈んでいた古い記憶が、心臓の鼓動に合わせて疼き出す。
「久しぶりだな、レイン。……随分と遠くまで歩けるようになったものだ。私はセランだ。お前の血縁者だよ」
男がゆっくりと歩み寄る。その声は驚くほど優しく、親愛の情すら含んでいるように聞こえた。だが、レインの灰色の瞳に映る「縁」は、悲鳴を上げていた。
(……歪んでいる。この人と、私の間の糸が)
それは温かな家族の絆でも、激しい憎悪の鎖でもない。
不自然にねじ曲げられ、何重もの結び目で固められた、悍ましい「不自然な繋がり」。
「……どちら様でしょうか。私の名をご存知のようですが」
レインは努めて丁寧に問いかけた。記憶はまだ、靄に包まれたままだ。
男はわずかに目を見開いた。それから、愉悦を噛みしめるように口元を歪める。
「覚えていないか。……無理もない。あの時、お前の内側から余計なものをすべて『取り除いて』やったのは私だからな」
リアがレインの背後に回った。いつもなら冗談の一つも飛ばすはずの彼女が、今は一言も発さず、ただ険しい表情で男を睨みつけている。
男はレインの周囲を、獲物を品定めするように歩き回った。
「……まだ、使えないか。せっかく封印を施してやったというのに、これではただの欠陥品だな」
「何のことですか。封印とは、一体」
「気にするな。ただの確認だ」
男はそれ以上答えず、踵を返した。
去り際、風に乗せて冷酷な宣告を残していく。
「あまり遠くへ行くな。じきに迎えに行く。お前は私の『所有物』であることを忘れるなよ、レイン」
一団が人混みの中に消えても、レインは動けなかった。
指先が凍りついたように冷たい。
「……レイン、大丈夫?」
リアがそっと肩に手を置く。その温もりに、ようやく肺に空気が戻ってきた。
「……わかりません。ですが、あの人と会ったことがあるのは間違いありません。私の何かが、あの人を拒絶しています」
「……あいつ、危ない。私の直感だけど、あれはただの人間じゃないよ」
リアの琥珀色の瞳には、かつてないほどの警戒の色が宿っていた。
セラン。自分と同じ顔立ちをしながら、全く違う目をしていた男。
自分が「役立たず」として生きてきた理由が、あの男の指す「封印」にあるのだとしたら。




