第13話:扉の向こうで、泣いていた
翌朝、レインの手には父親から預かった一通の手紙があった。
使い古された封筒に入れられたそれは、受け取る際に指先へ微かな震えを伝えてきた。感知能力を介さずともわかる、三年分の後悔が詰まった重み。
「行こう、レイン。その手紙、絶対届けなきゃ」
リアが隣で、自分事のように拳を握りしめている。
二人は町を出て、東の大国との国境に近い小さな村を目指した。そこは、娘が夫と共に移り住んだとされる場所だ。
村に辿り着くと、そこは西の町以上に張り詰めた空気に包まれていた。東の国の兵士たちが巡回し、住民たちは余計な揉め事を避けるように俯いて歩いている。
教えられた家を訪ねると、庭先で洗濯物を干している若い女性がいた。レインが父親の名を出すと、彼女の表情は瞬時に凍りついた。
「……父の使い? 今さら、何の用ですか。私はもう、あちらの人間ではないとあんなに酷い言葉で追い出されたのに」
拒絶の言葉が飛ぶ。だが、レインの視界には、彼女の胸から伸びる銀色の糸が、西の町にいる父親のそれと共鳴するように激しく震えているのが見えた。
レインは何も言わず、ただ手紙を差し出した。
女性は躊躇いながらもそれを受け取り、その場で封を切った。
短い沈黙。
手紙を読み終えた彼女の目から、大粒の涙が溢れ出した。
「……父は、怒っていないのですか。私の選んだ道を、まだ呪っているのではないのですか」
「怒ってはいませんでした。ただ、どうすればいいか分からなかったようです。……あなたと同じように」
レインの平坦な声が、彼女の頑なな心を解いていく。
リアが静かに歩み寄り、彼女の震える手を包み込むように握った。リアは何も言わなかった。ただ、温もりを分かち合うようにそこにいた。
その瞬間だった。
レインの視界が、かつてないほどの光に満たされた。
父と娘。数百里離れた場所にいる二人の間にある「縁」が、黄金色の太い河となって奔流し始めたのだ。
(……見える。いや、触れられる)
レインは無意識に右手を伸ばした。
これまではただ「見えていた」だけの光。それを、意志の力で手繰り寄せようとする。
指先が、目に見えない光の糸に触れた。
熱い。そして、ひどく懐かしい感覚。
レインがその糸を、そっと、解けないように結び直すイメージを持った。
瞬間、光が一段と強く輝き、濁っていた糸の表面が美しい銀色へと洗い流されていく。
「……あ」
女性が、驚いたように自分の胸元を押さえた。
「なんだか……急に、父の声が聞こえたような気がして。謝らなきゃいけないのは、私の方だったんだって」
帰り道、夕日に染まる街道。
リアがじろじろとレインの顔を覗き込んできた。
「レイン、今……何かやったよね? お姉さんの涙が止まった時、空気がふわって変わったの、私にもわかったよ」
「……わかりません。自分でも、何が起きたのか正確には」
「ううん、絶対やった! すごかったよ、レイン!」
リアがはしゃいだように笑う。
レインは自分の右手を見つめた。まだ指先に、あの黄金色の熱が残っている。
これまでは「気のせい」だと自分に言い聞かせてきた。
けれど、今は違う。
自分の内側にある、この得体の知れない力。
それは、役立たずの記録係として捨てられた自分に残された、唯一の「価値」なのかもしれない。
「……もしかしたら」
レインは小さく、自分にしか聞こえない声で呟いた。
その足取りは、昨日までよりも少しだけ、力強いものになっていた。




