第12話:手紙を、届けに行きます
二大国の影響が色濃く漂う、城壁に囲まれた大きな町に入った。
門番の表情は石のように硬く、入国審査の列は遅々として進まない。通過する旅人たちの荷物は執拗に調べられ、町全体が外敵を警戒する一触即発の緊張感に包まれていた。
「……息苦しいね、ここ」
リアが肩をすぼめて呟く。
「ええ。人々の縁が、恐怖という重石で押し潰されています」
宿に荷を解いた直後、主人の老女が縋るような目でレインに声をかけてきた。
「旅の御方、失礼ですが……お見受けしたところ、人の機微に聡い方のようだ。一つ、相談に乗ってはいただけないだろうか」
主人が語ったのは、この町で長年商売を営んできたある家族の悲劇だった。
三年前、東の大国の商人と結婚し、国を渡った一人娘。西寄りの立場を頑なに崩さない父親。二大国の対立が深まるにつれ、家族の絆は政治的な対立へと形を変え、今や一通の手紙さえ交わさない絶交状態にあるのだという。
「あんなに仲の良い親子だったのに……。今は顔を合わせれば罵り合うか、無視をするか。見ていられないんだよ」
リアが「助けてあげよう、レイン」と袖を引く。レインは一瞬躊躇したが、感知能力が告げる「光」に導かれるように頷いた。
翌日、町外れにある父親の家を訪ねた。
頑固そうな老人は、庭先で黙々と木を削っていた。娘の話を出すと、彼はピタリと手を止め、地を這うような声で吐き捨てた。
「……あんな裏切り者の話は聞きたくない。東の連中に魂を売った娘など、もううちの人間ではない」
激しい拒絶の言葉。
だが、レインの視界には全く違う景色が映っていた。
(……震えている)
老人の胸から伸びる銀色の糸。それは泥を被ったように黒ずんでいるが、決して千切れてはいなかった。それどころか、糸の根元は激しく波打ち、痛いほどの熱を発している。
老人の手が微かに震え、削りかけの木材に深い傷をつけたのを、レインは見逃さなかった。
この人は娘を憎んでいるのではない。
ただ、愛しているからこそ、対立する国へ行った彼女をどう許せばいいのか、その「一歩」の踏み出し方がわからなくなっているのだ。
「……お父さん。あなたは娘さんを恨んでいませんね」
レインの平坦な声が、庭に響く。
「何を勝手なことを!」
「あなたの縁が、そう言っています。怒りではなく、深い戸惑いと、後悔の色が混じっている」
老人は息を呑み、力なく椅子に座り込んだ。
三年前、最後に交わした罵詈雑言。本当は「行かないでくれ」と言いたかったはずの言葉が、対立という壁に阻まれ、鋭い刃となって娘を傷つけた。その日から、時間は止まったままだ。
「……今の私には、ただ手紙を届けることしかできません。もし、伝えたいことがあるのなら」
レインは懐から真っ白な羊皮紙を取り出した。
宿に戻る道すがら、リアが不思議そうに尋ねる。
「手紙だけでいいの? もっと、こう、直接会わせるとかさ」
「いいえ。今の彼らには、言葉を整理するための沈黙が必要です。……縁はまだ、死んでいませんから」
レインは夕闇に沈む城壁を見上げた。
国家という巨大な断絶の影で、震えながら繋がろうとする小さな光。
それを守ることが、今の自分に課せられた役割のような気がしていた。




