第11話:不穏な空気の、その理由
次の小国へと続く街道。そこを流れる人々の向きが、数日前から明らかに変わっていた。
二大国の国境付近から離れる方向へ、重い荷を背負った家族連れや、急ぎ足の商人が列をなしている。その顔に刻まれているのは、旅の昂揚感ではなく、底知れない疲弊と焦燥だった。
「ねえ、レイン。なんか、人が多くない? みんな反対に行ってるみたいだけど……」
リアが不安そうに、すれ違う人々を見送る。
「……逃げているのでしょう。争いの火種から」
レインは静かに答えた。
立ち寄った村の酒場は、昼間だというのにひどく混み合っていた。だが、そこにあるのは活気ではなく、淀んだ噂話の霧だ。
「東の国が、西の国境付近に兵を集めてるらしいぜ」
「小国群への締め付けも厳しくなる一方だ。税が上がり、若い奴らは徴兵の噂に怯えてる」
「国境が閉まったら、もうおしまいだ……」
レインは端の席で、それらの声を吸い込むように聞いていた。リアは珍しく口を閉じ、手元の木杯を見つめている。
ふと、店内に充満する「空気」が、レインの視界を塗り替えた。
(……変わった?)
今まで、人と人の間に見えるのは細い「糸」だった。だが今は、酒場全体が光の濃淡によって描き出されている。
不安に駆られる者たちの周囲には、重く沈んだ灰色の光が渦巻いている。一方で、家族を守ろうとする者の背後には、微かだが鋭い熱を持った光の塊がある。
縁の「強さ」と「質」が、言葉を介さずとも色の濃さとして伝わってくる。
レインは無意識に立ち上がった。
隣のテーブルで、不安のあまり隣人と怒鳴り合いを始めそうになっていた男たちの間に、すっと割って入る。
「……失礼。そのお酒、少し強すぎるようですよ。こちらの水と替えられてはいかがですか」
突拍子もない丁寧な物言いに、男たちが毒気を抜かれたようにこちらを見た。レインはそのまま、周囲の人々が互いの顔を見られるように、さりげなく言葉を繋いでいく。
「皆さんが不安なのは同じです。一人で抱えるには、この噂は重すぎますから」
レインの放った言葉が、澱んでいた灰色の光に小さな穴を開けた。
男たちが視線を交わし、深い溜息とともに肩の力を抜く。解決策など何一つ提示していない。だが、共有された不安は、鋭いトゲを失って静かな連帯へと姿を変えた。
夜、村外れの街道を歩きながら、レインは自分の手を見つめた。
感知能力の変化。以前よりも、世界が「縁」という光のプリズムを通して鮮明に見え始めている。
まだこの力を制御できているわけではない。だが、確実に自分の中で「何か」が育っている。
「……リアさん」
「ん、なあに?」
街道を歩くリアの足取りは、いつになく重かった。彼女は暗い森の奥を見つめ、ぽつりと零した。
「……戦争になったら、どうなるんだろうね」
レインは答えられなかった。
彼女の背中にある光は、今、これまでにないほど激しく明滅している。
「……まあ、なんとかなるか! 私にはレインもついてるしね!」
リアが振り返り、いつもの明るい笑顔を見せる。
だが、レインの感知能力は冷酷に告げていた。
その笑顔の内側で、彼女の孤独を象徴する深い闇の色が、これまで以上に濃く、鋭く、彼女自身を侵食しようとしていることを。
レインは何も言わず、ただ彼女の歩調に合わせて、一歩、また一歩と夜の闇を歩き続けた。




