第10話:祭りの夜、一瞬だけ違う顔をした
追跡者の影を振り切るようにして街道を進んだ先、二人は隣接する小国の収穫祭に迷い込んだ。
町を縦断するメインストリートは色鮮やかな行列に埋め尽くされ、楽器の音色と人々の歓声が、空気を震わせるほどに渦巻いている。
「わあ、すごい! レイン、見て! あっちで踊ってる!」
「……ええ。ですが、この人混みでは迂回路を探すのも一苦労ですね」
効率的な移動を考えるレインの袖を、リアが強引に引く。
「もう、今日くらいはいいじゃん! 行こうよ!」
気づけば、二人は熱狂の渦に飲み込まれていた。
リアは水を得た魚のように、祭りを全力で楽しんでいた。露店を冷やかし、見知らぬ子供たちと手を取り合って踊り、行き交う人々に屈託のない笑顔を振りまく。
レインはその後ろを、迷子にならないよう静かについていく。
人混みが苦手なわけではない。だが、どこにいても自分だけが薄い膜を隔てた「外側」にいるような感覚が、レインには常にあった。
日が傾き、町の中央にある噴水の周りに、色とりどりのランタンが灯り始めた頃。
踊り疲れたのか、リアが噴水の縁に腰を下ろして祭りの光景を眺めていた。
家族連れが笑い、恋人たちが睦まじく語らい、友人たちが肩を組む。
溢れんばかりの幸福の光景。リアはそれを見ながら、いつものように楽しげに微笑んでいた。
だが、その笑顔が――一瞬だけ、変わった。
口角は上がったまま、瞳から光が消える。
遠くを見るような、何かを懐かしむような。あるいは、自分には決して手が届かないものを見限るような、静かで深い諦念。
一秒にも満たない、刹那の表情。
(……っ)
その瞬間、レインの感知能力が今までになく鋭く突き刺さった。
リアの内側。複雑に絡まり合った糸のさらに奥底。
そこには、世界中の誰とも、何とも繋がっていない、凍てつくような「断絶」の深淵があった。
彼女の天真爛漫な明るさは、その深淵を覆い隠すための、あまりに精巧な仮面だった。
レインは迷った末、彼女の隣に腰を下ろした。
「……楽しんでいますか」
声をかけると、リアは弾かれたように顔を上げた。
そこには、いつもの眩しい笑顔があった。一瞬前の翳りなど、最初からなかったかのように。
「楽しいよ! すごく。レインは?」
「……悪くないです」
「あはは、それレインなりの最高の褒め言葉だよね」
リアは快活に笑い、再び祭りの灯りを見つめる。
レインは、その笑顔の裏側にあるものを確かめようとした。だが、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
自分には、まだ彼女の孤独に触れるための言葉がない。
踏み込むための「理由」さえ持っていない。
夜空に大きな花火が上がった。
リアが歓声を上げて立ち上がる。その横顔を見つめながら、レインは胸の奥で疼く感知能力の告白を聞いていた。
(これは、無視していいものではない)
彼女が隠しているもの。そして、自分を追う者たち。




