第九話 四度目の足跡
一月も中頃に差しかかっていた。
あの時――シーフらしき男と、目が合った。
あの瞬間から、尋志の中に一つの疑念が生まれていた。
自分は、すでに“見られている”のではないか。
夏も、年末も。あの男は、ピンポイントで長澤家に現れている。
多くの空き巣は、事前に下調べを行うという。
だとすれば――自分の顔も、すでに知られている可能性がある。
あの時、何度もこちらを見ていたのは、「どこの誰か」分かっていたからではないのか。
……そう考えた。
さすがに、もう現れないだろう。
もしそうなら、次はこちらが動くしかない。あのマンションで張り込むしかないのか。
だが、それにも限界がある。下手をすれば、こちらが通報される可能性すらある。
そんなことを考えながら、この日もパトロールを行い、防犯カメラを確認した。
――その時だった。
思わず、目を疑う。
……いや、これは現実なのか。
シーフらしき男と接触してから、まだ間もない。にもかかわらず――
また、現れたのだ。
一瞬、思考が止まる。
あの時の男は、別人だったのか。またしても、見当違いの人物を疑っていたのか。
そう思えても、不思議ではなかった。
もしあの男がシーフなら、自分の存在に気づいている状況で、再び犯行に及ぶはずがない。
だが一方で――
防犯カメラすら気にしないあの男なら、やりかねないとも思えた。
頭の中が、追いつかない。
確信したはずだった。なのに――また現れた。
混乱の中、尋志は映像を確認する。
同一人物なのか、それすら分からない。
画面の中の男は、前回と同じようにフードを被っていた。
そして――足元。
……白いサンダル。
間違いない。
こいつが、シーフだ。
だが――一体、どんな心境でここにいるのか。
理解が追いつかなかった。
今回、シーフの行動は微妙に違っていた。
いつもは、家のすぐ北側の路地から現れる。犯行をしない日でも、西側から歩いてくる姿が記録されている。
しかし今日は違う。
はるか西の方角から、ゆっくりと近づいてきていた。
防犯カメラの設置には、細心の注意を払っている。近隣のプライバシーを侵さないよう、映る範囲は最小限に抑えてある。
それでも、なぜ遠くの存在に気づけたのか。
理由は――オートライトだった。
……ライトが、順番に点いていく。
通常なら、人の動きに反応して連続的に点灯するはずだ。だが今回は違った。
数十秒おきに、一つずつ点灯していく。
その“遅さ”に、違和感があった。
つまり――
一軒ずつ、確認している。
そう考えるのが自然だった。
やがて男は、目の前の家を物色し、長澤家に隣接する住宅を順に見て回る。
そして――
まるで最後に残していたかのように、長澤家の敷地へと足を踏み入れた。
余罪は、少なくとも数十件に及ぶだろう。
そう確信できる動きだった。
だが、この事実を近所に伝えることはできない。
警察から、捜査中であることを理由に口止めされていた。不用意に広めれば、犯人が逃げる可能性がある。
それに――無闇に恐怖を煽るべきではないとも思っていた。
何度も警察が訪れていることで、近隣住民が不安を感じているのは分かっている。
実際に、「何かあったのでは」と尋ねられたこともあった。
だが尋志は、何も語らなかった。
――黙っていて、すみません。
心の中で、そう呟く。
――でも、皆さんは、自分が守る。
今回、シーフが残していった“証拠”。
それは――白いサンダルだった。
画面にはっきりと映し出されたその形。
穴の位置、形状。
どこかで見覚えがある。
……将太が、色違いのサンダルを持っていた。
後に警察が足跡を調べ、同一メーカーであることが判明する。
このブランドは、若者に人気がある。
さらに尋志は、車の情報も記憶していた。
車種、色、ナンバー。
同じ車種は多いが、見れば分かるレベルで頭に叩き込んでいる。
以前、感じたことがある。
近づけば、相手も近づく。暗闇から覗けば、相手も覗いてくる。
――探せば、引き合う。
あの男と接触して以来、尋志は様々な場所でその姿を目にするようになった。
市内はもちろん、隣接する市町村。
十五キロから二十キロ離れた場所でも、何度も遭遇している。
それだけ、この男は落ち着きがないということか。
あるいは――
それ以上の理由があるのか。
尋志は、パトロールのルートを変えた。
新しい何かが見つかるかもしれない。
その判断が――後に、決定的な情報へと繋がることになる。
別の市町村で遭遇する以上、近隣での遭遇も当然起こり得る。
意識して車を見ていると、同じ車が頻繁に動いていることに気づいた。
新しいルートを歩いていたある日。
あの男が、マンションで一緒にいた女と、駐車場にいるのを目撃する。
空き地のようなその場所。
誰が所有しているのかも分からない。
だが――
男は、頻繁にそこへ現れていた。
駐車場には、電気工事会社の車両が停められている。
電気工事士なのか。
そう考えれば、日焼けした肌にも説明がつく。
現場にいた作業員に、話を聞いてみることにした。
もしかすると、長期間現れない時期があるのは、遠方への出張が理由かもしれない。
だが――
その会社は、何年も遠方への出張は行っていなかった。
そして数日後。
この駐車場の持ち主と接触し、尋志は、驚愕の事実を知ることになる。
シーフらしき男と、シーフは同一人物なのか。
そして――その正体とは。
すべてが明らかになるまで。
――あと三ヶ月。




