第八話 九十九%
本作品は実体験をもとに構成していますが、プライバシー保護および演出のため、登場人物名・設定・一部の内容を変更したフィクションです。
車での張り込みを終えた頃、空が白み始めていた。
今日は休みだ。尋志は、そのまま昼間のパトロールに出ることにした。昼のパトロールは、これが初めてだった。
犯罪者は夜に動く――そう思い込んでいた。
だが、その裏にこそ答えがあると、これまでの経験が教えていた。
シーフが現れる方向と、帰っていく方向。これまでの記録を辿ると、必ず使う方角があった。
北と西――長澤家から見て、その二方向だ。
このエリアが怪しい。まずはここを、ローラー作戦で潰していく。
家の前の通りを西へ進み、突き当たりまで行く。
そこから北側の道路に移動し、また戻ってくる。
それを繰り返せば、この一帯はすべて確認できるはずだった。
チェックする対象は、あの自転車。
その後の調べで、高校生に人気のブランドには、あの特徴と一致するものは無かった。つまり、あの自転車は“珍しい個体”だ。
見つけさえすれば、シーフに一気に近づく。
西へ歩きながら、ふと頭をよぎる。
あのハイブリッドカーの男のアパートも、この方角にあった。
そこにあった自転車も、只者ではない雰囲気を漂わせていた。
だが最終的には、別の車体だと判断している。
しばらく進むと、大きな工事現場に出た。本来ならこのまま突き当たりまで行きたいところだが、ここは後回しにする。
手前の道を右へ曲がった。
その道は、大人になってから初めて通る道だった。
尋志は、十歳までこの町に住んでいた。
子供の頃、このあたりで遊んでいた記憶はある。
だが当時は、一面が田畑だったはずだ。
それが今では、見慣れない建物が並んでいる。
パトロールとはいえ、人の敷地に無断で入るわけにはいかない。マンションやアパートも同じだ。
だが――自転車置き場は違う。
多くの場合、外から見える位置に設置されている。そして、自転車が集中している場所でもある。
木を隠すなら森――その可能性もある。
工事現場を迂回した先に、アパートやマンションが三棟並んでいた。
ここも、かつては田んぼだった場所だ。
街の変化に一瞬だけ驚きながら、尋志は視線を滑らせる。
自転車置き場は、三つとも見やすい位置にあった。
一つ目――違う。二つ目――
……あった。
シーフが乗ってきた自転車に、酷似した一台が置かれている。
尋志は、息を殺して観察した。
テールライト――ある。
サドル――反射材が使われている。
そして――タイヤ。
ホイールではない、タイヤの側面に、反射材が貼られている。
あの時、光っていたのはこれか。
さらに目を凝らす。
……反射材が、一部剥がれている。
だから、光が途切れて見えたのか。
間違いない。
この自転車は――シーフのものだ。
気づけば、夢中になって見入っていた。
その時――
上の階から、人が降りてきた。
はっとして、尋志は視線を外す。
今日の尋志の服装は、フード付きの黒い厚手のジャージ上下。
客観的に見れば、不審者はどちらかわからない。
自転車から距離を取り、電柱に寄りかかる。スマホをいじるふりをして、やり過ごすことにした。
ふと、視界に入る。
降りてきたのは、男女二人。
……あの男。
尋志の中で、何かが引っかかった。
「……あの男、シーフに特徴が似ている」
そう思った瞬間――
男と、目が合った。
「……あの目……」
防犯カメラ越しに、何度も見た目と同じだった。
男女は、車のカバーを外していた。
こんな海も無い場所でカバーをかけているということは、相当大事にしている車なのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
男は、何度もこちらを見ている。
女は、一度だけ。
明らかに――警戒している。
尋志は、スマホに視線を落としたまま、観察を続けた。
髪型、髪色――一致。
身長も、ほぼ同じ。
服装はアウトドア系。
ブランドは違うが、系統は同じだ。
そして――ピアス。左耳に、大きめのボディピアス。
ここまで揃えば、限りなく黒に近い。
あとは――
白いサンダル。
それさえ確認できれば、ほぼ確定だ。
やがて男は、部屋へ戻ろうとした。
その瞬間――
尋志は、足元に目をやった。
……
白いサンダル。
心臓が、強く跳ねた。
この事件の中で――間違いなく、今が一番心拍数が上がっていた。
ほぼ間違いない。
あの男が――シーフだ。
尋志はすぐに、家族へ連絡を入れた。
里美は、驚いた声で問いかけてくる。
「前回の男は、可能性半々だよね?」
「今回の男は、どのくらいの可能性?」
尋志は、迷わず答えた。
「今回は――」
一拍、置く。
「……九十九%だ」




